ます。あの菊の花咲いたでしょうか。いい題や、そのほかいいものどっさり頂いたけれど、その上なおよくばって手紙待っていたのに、きょうもまだつきません。上下二巻の物語、やっぱり同じめぐり合わせでツンドク休日におかれているのでしょうか。
 タカ二さんから久しぶりで手紙が来ました。それは十六日についたのですが、なのに一流の文体のざれ文というのが余り笑えるから御目にかけます。少し古風ゆえそのつもりで耳立てておききあるべし。「いまだのどかに暮らす頃なりしか。顕治をその二階借りする部屋に訪れ、女を口説くにはフットボールの心がけなからざるべからず。タックルせざるべからずなど例の高声にひとりうち語る。顕治本など読みてありぬ。七日ほど経て鶴次郎吾が草の庵を訪れぬ。格子引き開くるより『非常《ひぞう》のこといで来たり。非常のことなり』と云ふ。『何事ぞ』と云へば『百合子|婚《まぐあひ》せり。非常のことなり』といふ。『男《をのこ》は誰ぞ』『誰そか思ふ』『知らず』『顕治なり、宮本なり、非常のことなり』やゝあって、『いづれより云ひ初めけむ』と云へば、鶴次郎から/\と打ち笑ひ『相寄る魂なるべし』」
 最後、なかなか秀抜でしょう? ハアハア笑いました。
 うれしくてハアハア笑うというのいい心持よ。そして、私を十六日にそんなに笑わすなんて、なかなか味なことです。拈華微笑《ねんげみしょう》的微笑もおのずと口辺に漂わざるを得ません。だって、そうではないの、同じスポーツの用語を問いの形で出されることがあるだろうと、優雅なますらおは予想していたでしょうか。それからのサスペンスもなかなか賞翫にたえるものであると思います。ああいう瞬刻のサスペンスを、破らず深く保ちつづける情感そのものが、それから以後、きょうの心にある持続性と本質は一つであることが実にはっきり感じられますでしょう? そういうことが益※[#二の字点、1−2−22]わかって来て、私はあのサスペンスの趣をいよいよ愛し尊重いたします。これは同感でしょう? 何とも云えないわかりやすさ、すきとおったようなわかり合い、それとあのサスペンスにたえるつよさとの統一はほんとに美しさがあってすきです。いろいろ、はずみというものの瞬間を知りながら、そのはずみに支配されず、こちらでそれを支配してゆく感情のたちというものはうま味があって、大切なものね。私はしみじみそう思うのよ、あなたは? ある状況のなかで、その者たちにとって肯定されていいはずみでも、何かそこに一寸かんにふれて来る何かデリケートなものがあってそれを感じとって、はずみを支配してゆく心情というようなものは、実例は小さくても、生活感情のいろんな角々、曲り角で、やはり一つの行動の感覚で、価値のあるものね。
 はずみに支配されないということは大切なことだと思われます。はずみの力を知っているということも大切であるというのと同じわけでね。
 世の中には何だかはずみだけで動く人々さえあります。
 こんなこと書いていたら、或る一つの午後の室の光景が浮んで来ました。本郷の仕事部屋。机の上に原稿紙をひろげていて、でももう三時で、五時になれば出かけようという日でした。五時に出かけるということのためにものが書けないの。
 そのことばかり何ということなし思っていて。ふと気がついて、あら、自分はそれをこんなにたのしみにしているのかしら、そう思ったら、息がつまって胸がさけそうになりました。益※[#二の字点、1−2−22]机にじっと向っていられない心持になって来て、小さい室の内を歩きまわり、そして、ふと柱にかかっている懸け鏡の前へ立ち止って、そこにうつる自分の顔を見つめました。ああ、ああ、この眼! この顔! おぼえず髪をおさえながら、噫《ああ》、だめだ、だめだ、と自分に向って叫んだときの心持。しーんとした明るいすこし西日のさす仕事部屋。
 自分のとらわれたものが何であるかがわかったときのおどろき、よろこび、重大さへの直感。そんなものを表現することも考えず出かけて行った夜の街。面白いわねえ。何て謙遜であったでしょう。
 それでもねえ、そんな心の一方には、十六日に書いているような心の部分がきわめて自然発生の環境的なもののまま存在していて、やっと今、つかまれたりしているというのは、何という複雑さでしょう。私は、あの日(十六日)かえる道々大変その気持の変化について考えて居りました。そして、考えたの、本当に隅から隅まで妻なら妻を好くことが出来ることは、なかなかあり得ないことだと。自分が、わるいというのではないが、好きといえないもちものをもっていたことをはっきりわが目でみれば、いかにも沁々それが思えました。そして夫婦というものをあわれにも思いました。愛してゆく、というのは、どういうことなのでしょうね。私は好きだから愛す、
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