力ある痙攣を覚えていらっしゃるでしょう? すべての精神の燃え立つ活動には、音楽でも文学がもっているようなああいう強烈な痙攣の経験があることは実に実に面白いところです。ワグナーなんかは終曲をもっと俗っぽく扱って、ヴェートーヴェンのように序曲から高め高めつよい人間と神のまじったようなサスペンスでもち来したものの必然の終曲としていないから、只音の大きい束ですが、ヴェートーベンは何とその点こわいように生粋でしょう。高まり高まって、もうテーマの発展の限りの刹那、彼は全曲のふるえるばかりなフィナーレの第一の音を響かせます。そして、大きいテーマが自然のしずまりを見出すまで、又も又もとうちかえして来るうちかえしの趣。よく御存じの第五交響楽のフィナーレ。そうでしょう?
 小説の結びの一句は何と全体のいのちの感銘の集約でしょう。多くの読者は、作者がよろこびきわまった、殆ど悲痛な感動で一字一字とおいてゆくその結びの数行を一生心に刻まれてしまいます。
 そういうほど、いのちを傾けて展開されるテーマというものは、作者にとってどんなに自分の身内のものでしょう。どんなに自分ときっても切れないものでしょう。
 三文作家は、題材さえ手近くつかめばすぐそこへ、自分を放射してしまう。そういうひとびとは、テーマの真の美しさ、輝しさ、心を魅する力をおそらく終生理解しないでしょうね。
 好ちゃんの愛読書である「谷間のかげ」から、段々熱中してしまって、上下二巻の創作物語になってしまいました。
 それというのも好ちゃんのひとかたならない生活態度が私を心から感動させる為です。同感して下さるでしょう。私は好ちゃんのことを思うと、よく感きわまって、あれの前に膝をついて、無限の劬《いたわ》りと善意と希望とをこめて抱擁してやりたい心持になります。あらゆるよろこびをよろこばせてやりたいと思うの。これも同感でしょう? そしてね、人間としての素質の見事さを全面的に発育させたいと思うの。そして、それも全く望みのないことではあるまいとも思います。何より幸なことには、彼は文学がわかります、この天のたまものの力で、私が幸もし益※[#二の字点、1−2−22]いい作家となり、縦横に文字を駆使する法力を身につければ、詩や戯曲は、これまで到達していたフォームとリズムをもっと進めて、リアルな趣で、更に成熟へすすめるのだろうと思います。
 このこと、あなたはどうお考えになるでしょう。極めて微妙な大切なことだと思うのですけれど。
 私の作品が一つから一つへ進歩の道標とならなければならないように、好ちゃんの成育もそのように一つの段階から一つの段階へと導きすすめられなければいけまいと思います。
 私はそのために力をおしまないつもりです。どうかあなたも助けて頂戴。好ちゃんのように卓抜な資質のものを、その一定の発展段階にとどめておくなどということ、私には堪えられないことです。彼をほめてやる言葉を私たちがひととおりしか持ち合わさないなどということは、寧ろ腹立たしいでしょう? ねえ。
 ユリは欲ばりだ、そうお笑いになりましょうか。笑われてもうれしいわ。
 ひとの美質とその生動をより深くと理解してゆけるようになるということは、つまり私たち夫婦の生育ですものね。私たちは多面的に成長しなければなりません。
 私は自分のことを云って勝手ですが、この一二年来、いろいろの点成長出来ました。そして、それは去年の夏、詩集の別冊で「素足」というのや「化粧」というのを私がよんだ頃から自覚されて来た影響です。前の手紙でかいた一生懸命倒れ式の精神が、他方にバランスをとり戻して来て、一つの発展をいたしました。私たちの生活の中では一冊の詩の別冊でも何と大きい影響をもつでしょう。
 それから後、あなたもいろんな短詩をおよみになりましたし、それを私につたえて下すって、そしてこの間のあの大波の際、今までよまれていた詩集の全巻が、初めから終りまで再読されるという戦慄的な味いで、又私のところに何かが熟しました。みんな其が文学の仕事にてりかえります。何ということでしょうね、人間の生命の様相というもの。
 あなたはどうお思いになって? 私たち互の流れ合うものも、随分この頃では川床がひろく面白い起伏で飛沫もあげるようになって来ているでしょう。
 よくそう思うの。そこにある手紙の束のなかにある私の姿、私たちの様子、どんなに次第によくなってきているでしょうか、と。どんなに段々と夫婦らしくなって来ているだろうか、と。単純なものから複雑な甘美さをもちつつあるか、と。
 ああ、きょうはどうでしょう。まる一日あなたと暮しました。
 この頃こんな大部な(!)長篇的手紙はじめてね。そして、私目玉のつれるわけ今わかりました。だってこんな細かい字、こんな全心の字、この位かけば目玉だって
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