たか、一寸遠目には暑そうなところですね。そして、やはり目録室の正面に、高間惣七のねぼけたような花園の大きい油絵がかかって居りましたか?
やっと今、あらましの小説をよんだところです。発表年月が、はっきりしなくてどうも見つからないのもあります。
「顔」「伊太利亜の古陶」「心の河」「小村淡彩」「氷蔵の二階」「街」をよみ、「高台寺」「白い蚊帳」が見当りません。
「顔」その他、勿論今日から見ればいろいろ申すべきところありますが、作品としてつかえます。「街」はやめます。あの頃フィリッポフという白系露人の知人がいて、その生活をかいているのですが、こういうものになると、今日の読者が面白さを見出すとしても、作者はそれで満足しないものがあって、出すのはいやです。全集ならばともかく。ですからもしまだよめないのがなくても、「街」をのぞく五篇であと新しいもの一つなり加えれば一冊の本になりますし、又これで面白いと思います。題材のいろんな風なのも面白いし一寸したアイロニーもあってね。集めておいた方が確にようございます。「白い蚊帳」というのは昭二年の『改造』ですが、ここに二年の『改造』が今ないのです。出ているのかもしれないけれど。間をおいてもう一度来て見ましょう。この本の題は、もし「白い蚊帳」がつかえたらそれもいいでしょう? そういう題で出る筈でしたから。或は、新しい一作の題を、もうすこしましにしてつけてもいいわね。
ところで、今急にあわてた心持になって居ります。毎週木曜日に『朝日』家庭欄に短い週評をかいていて、きょうその木曜でしょう? すっかりポッと忘れていて、今、あら、と思い出してびっくりした次第です。きょうは忘れるわ、それは忘れるわ。忘れられないから週評は忘れてしまうのが当り前です。
それから、ブック・レビューのことについては確にそう思います。又、女のひとのための雑誌に書くのは、通俗教育家とはちがうという点でこそスペースがあるので、そこが又いつそのスペースがなくなるかもしれないところで、極めて微妙です。女史型言説をなしては居りませんから、その点は御安心下さい。すこし勉強して、そして、女の今日のいろんなことを社会的な生活向上の面から見て、批判的にかくという人はこの頃全くすくないのよ。ですから私でもかくことになり、小さいものにしろ、私は所謂雑文は書きませんから(本質的に)それは大丈夫です、念のために一言。
隆二さんから稲ちゃんのこと心配した手紙が来ました。この頃どんなに仕事しているかと。わきから励してやれと。なかなかむずかしいことであるし、むずかしいものね。友人が「この頃はこういうものをかくようになったこと感慨無量です」と云ってよこした由。「素足の娘」のことでしょう。これについてはいろいろ考えますけれど、隆二さんのいうようなわけにもゆきません。作家の生涯の道は全くこわいジグザグね。その間に或る方向の一貫性をもって、いくらかでも目ざす方へ動いていればよし、としなければならないようなところもあり。「心の河」なんかよみかえし沁々とそう思います。
そして、この一貫性は、きょうのお手紙に云われているとおり、作家としての内的な必然性に忠実であるより外にはないのだから、大したものです。
これで、図書館一寸やめ。写す人をさがしてそれにたのみ、自分は当分家で書きます。そしてね、あなたはもしかしたら、いつでも午後二時すぎにしかこの丸いものを御覧になれなくなるかもしれません。うちは午後大したあつさなの、二階が。午後は全く頭がゆだります。ですから午前に一日分の仕事したいのです。そして、ひるをたべて、そちらへ行って、かえって、夕飯前一休みして、夜又いくらか生気を戻す。そういう時間割にしたいと考えて居ります。勝手ですけれど。一番暑いときでなく[#「なく」に「ママ」の注記]て御免なさい。一番でも十時でなければかえれず、落付くのは午後となって、それではどうも工合わるうございますから。
さア、きょうは、あつくて、くたびれて、脚がはれているけれど、心の中でたのしい心持のふき井戸の溢れる音をききながらいそいそとして家へかえります。朝の眼のなかによろこびがあるという、リフレインのついた小さなうたがきこえています。あの眼のなかに生きているよろこび、よろこびの可愛さ。あこがれのいとしさ。いとしいあこがれも信頼の籠に盛られれば、それは朝々にもぎたての果物のよう。そういうソネットを、ゲーテが書いたって? うそでしょう。そんな痛みのように新鮮な献身へのあこがれを、ゲーテが知るものですか。天才の半面の俗物という批評を、そういう詩趣を解さなかった生活に帰し得るのですもの。
刺繍の模様は一輪の花でした。[#図4、花の絵]こんな花弁の。一つの花の花びらですから、どの一|片《ひら》もむしることは出来
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