ちの買物なんかはシャンシャン出るようになりましたが、東京の暑さはあちらとはちがう由で(それはそうでしょう)大体体が元気ないから、余りベンレイして臥《ね》られると閉口故、岡林さんのことなんか私が月曜日にいたします。
今年の夏はいろいろと面白い心持をけいけんします。
暑い、だけど仕事はしなければならず、又したい。そういう気持のとき、暑さにおされて、味もそっけもない風にしているのを見ると、いやねえ。暑いときこそ気をきりっとして、眼もさやかというはりがないといやになる。しかもそういう人間の精気なんて、なかなか求めたって無理です。暑いときの清涼さは、人間の積極の力からしか出ないのね。女の身じまい一つにしたってそうよ、活々《いきいき》した気働きのないのは閉口ね。それにつけても、暑いときこそ私は出来る限りさっぱりとして見て頂かなくてはわるいわけね。同じ汗いっぱいにしろ快く汗一ぱいでなくてはね。この点私は何点頂けるでしょう。
ところで汗一杯はいいけれど、そして汗もなかなか面白い、どっさりの思い出をもって活気汪溢です、けれど、机にすれて、小さいアセモが出来てピリつくのよ、困りましたこと。丁度右手の下のところが。
――○――
ここまできのう書いて、そちらでやっぱり汗の話が出たので、大変うれしゅうございました。四季とりどりの面白さは、何とゆたかでしょう。こもり居の夏、というような味はごく風流なものよ、滅多にない味よ、荷風だって存じますまい、おそらくは。そうして、そういう味いは、年とともに益※[#二の字点、1−2−22]豊富なニュアンスを加えてまざまざとして来るというのは又何と人間の心の微妙さでしょう。年々はその光彩を鈍らせるものとして作用しないで、段々深さを加えた深い淵のような渇望を湛えてひき入れるような精気を放っているのは奇麗だと思います。
その精気は溢れしたたって、それを語る瞳のなかにきらめきます。
きのうも沁々思ったのですけれどね、いろいろなこと用のこと話していて、大きな声で話していて、次第にその声が低くまってゆく調子、やがて声が消える、自然に向って低まってゆく思いの面白さ、ね。その速度ははやく距離は近いわ。痛切に思います、何と情愛の断面は全面的にひらかれているのだろうと。
虎の門へゆく電車は遠くて、こんでいて、もまれて立ちながら、私はその心の余波のなかにいるの。やっぱり大きくは声の出にくい状態で。電車の遠いのはいいわ。誰とも口をきかず、群集の中で、ひとりの心でいられるのは。二人きりでいられるのは。
途中、時間の都合で神田へまわりました、そして仰云った61[#「61」は縦中横]という番号の改造文庫しらべましたが、この頃の番号のつけかたが変ってしまっていて、どれだか分りませんでした。又あした伺いましょう、でもきっと品切れの分でしょうね、改造文庫は実に少々よ目下。『文学発達史』しか東京堂にありませんでした、そんな工合。
虎の門ではすっかり詳細にしらべました、手元にある分、送ってある分、その他。随分どっさりのものが送られて居りません。富士見町へ行って、そのリストとてらし合わせて、一部ずつちゃんとそろえて届ける約束しました。私が行ってやりましょう、私が行って、やれば出来ましょうから。これもそれもお使では駄目。この数日のうちに一かたつけてしまいましょう。
そして又図書館通いをして、『文芸』のすっかりまとめて、原稿わたして、そして、本腰に長篇にとりかかりです。そしたら細かいもの皆先へのばします。
金星堂のは七月十五日ごろ迄に本になりますでしょう、これは部数も少いけれど。
それから、借かんの話ね、決して妙なことではなくて、全く短期間のことですから、どうか気になさらないで下さい。そのために、あなたが何かおっしゃるというような必要は決して決してないことですから。只、私の小さい水車の渇水について心配していて下さるから、その補供の道を一寸お耳に入れただけなのですから。すぐ金星堂の方のと九月に実業之日本の方のとですんでしまうのですから。
『文芸』の方の本になるのは[自注3]又次の必要のために役立てますし、大丈夫よ。今年は順調の方よ、まだまだ。
記録のこまかい計算は明日おめにかかって。でも、私覚えちがいしていなかったので大笑いしました。やっぱり十一日でしたね、あなたのほかにもう一人九日と思っていた方もあるそうです、書記課へきいて確めてくれましたから、岡林氏が。ゆうべの雨、眠るにいい雨でしたでしょう? 休まったことね。きょうも余り暑くなくて。カッと照りつけられない日の休まった気分はいいこと。では又ね。
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[自注3]『文芸』の方の本になるのは――『文芸』に連載した婦人作家研究を中央公論社から出版することになり、全体
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