成功をしている長兄が云々という通俗小説の展開は余りない、人情の背景としての地理的空間は皆無であるか、或はまことに狭くて同じ国というようなところ全く面白い。日本文学の抒情性ということはこんなところにさえひっかかりをもっていて。
 きょうはよむ本が種切れなのよ、可哀想でしょう? そういうときのあなたが、お気の毒であるのと余り大きいちがいはない位可哀想でしょう?
 午後多賀子が広島からかえります、寝台券買えたかしら、あやしいものね。お母さんのおみやげに、到って世帯じみたものを頂きます、ちり紙その他。そして炭も少々送って頂きます。こちらでもお米の在りだかを毎日ききにまわってしらべて居ります。東京も一時そうでしたが。岩波文庫の広告見ていると、ディドロの「ラモーの甥」が本田喜代治訳で出ましたね、この有名な古典はどんなものでしょうね。十四日迄にあと三日ね。明後日の朝こちらを立ちます。一日のびるわけはおめにかかりまして。

 六月十二日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 山口県島田より(封書)〕

 六月十二日  島田第五信
 睡い夏の午後という文句がありますけれど、本当にマア何と睡いのでしょうね。この眠さ。頭のしんがしびれるよう。余り眠いからこの手紙をかき出します。
 今、この暑いのにお母さんは徳山です。達ちゃんたちのお祝を林町から貰って是非何か何かと気をおもみになるから、ではお盆を頂いてかえりましょうと云ったら、それを買いにお出かけになりました。あしたは是非どこかまで友子さんをつれて送ると仰云るので、柳井ではとまらないし広島は遠すぎるし、さっき達ちゃんと相談して宮島までではいらっしゃって頂こうということにしました。大きい嫁、小さい嫁、両手に花(!)の思いをなさりたいのだろうと思ってなるたけ程いいところと一思案したところです。
 宮島をこしらえたのは平清盛ですが、神様は女の守神で、やきもちやきで、すきなひととは行かないところの由。だからお母さんと友ちゃんとならいいわけね。でも女の守神のくせにやきもちやきとは何と飛んだ神様でしょう。女の守りならやきもちをやかない方でよかりそうなのに、もしかしたら御亭主の浮気を割いてやるというわけでなのかしら。
 友子さんはいい子で達ちゃんも御満悦、私も同様ですけれど、今も一寸あっちの話が出て、ロッキー山脈御存じでございますか、あすこの方でロスアンジェルスには日本の人がどっさり居りますけれど、そっちには余りいないという話まで出ているのに、「お父さん、何やっていらっしゃるの」というと、笑って答えず、というのはどういうわけでしょう。何もせんさくするのではないが、やっぱりそのことになると誰も答えない、というのは少くとも私の習慣には馴れにくいのね。その辺は農業ではなくて皆小さい商売をしている人が多いというのですが。手紙でかくと、答えないということに何かありそうにきこえるかもしれませんが、格別そうでもないのかしらないけれど、でも普通なら「店をやって居ります」とか何とか一口で一寸云えるところもあるのでしょうと思うけれど。面白いのね。誰も私のようには感じていないのだから。こっちの家もしゃんとしちょる。庭もひろい。家もいい。仕度もちゃんとせて、でOKになっているのだから、私は別に申し条もないわけですが。お里がえりのとき御覧になったら、あちらの家の机の上に木星社の文芸評論集と『婦人公論』とがちゃんとおいて飾ってありましたそうです、呵々大笑的好風景ではないこと? アメリカの父さんのこともこの式の一面なのかもしれませんね。何となくいろいろ面白い。
 野原の方へどうかと云っていた広島の娘さんのこと、多賀ちゃんきのう行って見てすぐまとまるという望みはないように見て来ました。或はたかちゃんなんか口を利いたりすると、あとで大変そのひとにわるくて困ることになるかもしれません。
 この間の晩あんなに細々といろいろ話して、富ちゃん大いに感謝しているらしかったが、果して現実にどう行動するのか。私にはこう云わにゃというところかもしれず。誰に対してはこう云わにゃ、彼に対してはこう云わにゃ。まるで、では自分のためにはどうしなくてはならないのかというところがフヌケとなっていて。こういうつもりがいろいろの事情でああなったというのではなくてね、土台、ああ云っちょこう、こう云っちょかにゃ、だからいやです。お気の毒とも思いますけれども、しんの腐っているという点はやはりリアルに映ります。今度のことではあの家の悪い習慣の結果が実にまざまざとあらわれて。
 今多賀子は野原よ。あついところを又二人で泣いたり笑ったりしていることでしょう。可哀そうに。永い年月の間、日々の勤勉な生活からつつましく生きて来たのでないということは、或時期にこういう結果をもたらすのでしょうか。多賀子はあっちこっ
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