多賀ちゃんに寂しい正月させては可哀そうと思い、林町で歌留多とったりして例年にない正月でした、又独特の正月であったわけです。多賀ちゃんはこまかく人の心もちも分り、いろいろいい子だけれど、妙に文学的というところはなくてさっぱりしていて、いい子です。うちのことして貰って私、机にばかり向っていて、何だかすこし気の毒のようです。でも、まあ当分小さい子の見つかる迄これでやりましょう、三月になって多賀ちゃんの稽古がいそがしくなれば、又考え直してもよいことですし。
 達ちゃん隆ちゃんにはもう着いたかしら。どうかしら。三越で、あなたの仰云っている通のこと私もよんでいるのできいたら、箇人関係では倍ですって! これで十分と云ってはいけないからなんでしょうと云っていました。箇人関係は倍というのは耳にのこって居ります、カンづめ等随分ね上り品不足。
 倉知の紀《タダシ》がかえりました。あの男は三年ぶりです。暮の二十日すぎに金沢からクルミの砂糖菓子を一箱送って来たのですって。林町では何だろうと云っていて、じゃきっとかえっているとさがさしてやっとわかったのですって。今はもう通信も出来るのでしょう。新聞にはかかれて居りません。あっちこっちの戦友の慰問をして旅行する由。あの男も向うきずを太原でうけてどんな人相になっていることやら。この男には実の家族ナシです。林町でもどんな心持でいるかわからなくて(三年のうちに)菓子を送って来るところ、還って来る人の心もいろいろのニュアンスがあるわけですね。はっきりと迎えてくれる顔を描ける人、そうでない人、そうでない人はあっちにいても、こっちへかえるのも出るのも、どっちも可哀そうね。緑郎は音沙汰なし。何か仕事みつけるなら結構です。寿江子すこし糖が出るそうです。やっとすこし勉強はじめたら、すぐね。
「北極飛行」読み終り。いい本というものをよんだうれしさです。たくさんいろんなことが考えられます。仔熊の約束をする子供たちのことその他、この著者は家族というものを、平静な、均等なボリュームで、ちゃんと自分たちの生活のなかに出しているでしょう、私はあの点でもいろいろ感にうたれました。家族というものについての感覚がここでは何とひろく、公然とそして社会的な自信をもって扱われ、存在していることでしょう、私は実に愉快に感じました。ここには生活の日常的の明るさが最も合理的なものの上に立って、あきらかに在って、この筆者は私たちのぐるりのような荊妻豚児的家庭の感情ももっていないし、公のことと私のこととを妙に区別した一昔前の新しさもなくて、何と全統一の感じがあるでしょう。この感動は、私が自分で見ききしていた時分には、まだ社会感情として一般にここまで来ていなかったということと思い合わせて一層深うございます。よろこびとは何と合理的で透明でしょう、私たちは何とそういうよろこびをよろこばんと希うでしょう、ねえ。この感動で屡※[#二の字点、1−2−22]涙をこぼしました。人間のよろこびは、何と大きくひろく動くものとしてあり得るでしょう。そして、ある挨拶をおくる言葉を、心からあなたにもあげたいと思って。この本のなかにはどっさりの忘られぬ響があります、ね、そうだったでしょう?
 今年のお正月は、こういう本ではじまって幸先よしの感じです。私はこの本とサンクチュペリの「夜間飛行」と何か日本の飛行をかいた本とくらべて何かにかいて見たいと思います。文学としてね。
 きょうはどっさり勉強しなければなりません。もううちの正月は終りです。夜は栄さんが仕上げた小説をもって来るでしょうし。
 二十八日のがきょうついたところを見ると、私の二十八日夜の分もあなたのところへはきょうかあしたのわけでしょうね。
 きょうはどうかして眼がすこしマクマクします、春のように。
 これからの仕事が終ったら、築地を観てその印象をかきます、芝居も久しぶりです。芝居は大した景気だそうです、一般に。楽《ラク》まで売切れとか。柳瀬さん年賀状をよこし近々箇展ひらくとか。光子さんまだアメリカなのでしょうか。どんなにしてやっているのでしょう、変に腕達者にならなければいいけれど。旦那さんそれでなくても売れる画のこつがわかりすぎている傾き故。
 では、どうぞどうぞお大切に。シャツなしのところへお正月の挨拶を。

 一月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 一月九日  第四信
 きのうからひどい風ね。凧のうなりがそちらでもきこえましょう? どうしていらっしゃるかしら。寒くなったし。風邪は引いていらっしゃいませんか。本当に本当にたべられたくなったら又玉子になろうかしらと思って居ります。
『文芸』の仕事「ひろい飛沫《しぶき》」を書き終り。次の古典読本のための下拵え中。そして、いつか三笠のためにかいた百十五枚ほどの文学史
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