ルというのへ行って午後に話しておいた部屋へ上りました。いかがかと思ったが、笑ってしまって。というのは、その部屋はね、ホテル[#「ホテル」に傍点]ですからね、何しろ。安アパート式に西洋窓で、大きいワードローブが突立っていて、天井は白、羽目は板、間の壁は薄桃色という、つまりお祝の鳥の子餅の箱の中に入ったようなの。でもいいや、ね。とそれから入浴し、その風呂はいい心持。そして次の間に床をとったのを見たら、スタンドは気がきいているが、そこもアパートなの。そして、その主人が茶気たっぷりできっと天蓋つきの Bed を置こうとしたと見えて、天井から枠《フレーム》が宙に下って来ているというわけです。
でもいい心持に手足のばして眠って、きょうは特別とおそくまで床の中にいて、それから朝食をたべ、本をすこしよみ、正午近くパンを買って、又そのひとの室へ行きました。(鵠沼ホテル)
そこの家は日本風の昔からある離室をいくつかもっていて、そちらの方はちゃんとした日本式のところで、茶がかっていて大分落付きます。月ぎめをやっているそうでした。90.00 から。この月ぎめというところに一寸気をひかれ離れを検分したわけです。休むとき、不意に人に来られっこのないところにいるというのは何といいでしょう。仕事いそがしいとき、人の来っこないという心持は何といいでしょう。ここなら新宿から一時間二十分、デンワもきくし、夜でも東京へ楽に出られるし、などいろいろと条件を考えたわけです。こんなことを条件に浮べて見たというわけよ。
四時二分で鵠沼を出て、五時すぎついて、新宿で一寸夕飯たべて、かえって、幸子ちゃんのところへ門の鍵やポストのものとりにたかちゃんが行っていて、私は火をおこしていたら、「おでんわです」というので黄色いドテラの上に羽織きて出かけたら、栗林氏でした。この電話は私をすっかりなぐさめました。あああなたにも小さいおくりもの、とうれしかった。そこへこのお手紙がもって来られたという次第です。いい折のいい折についたでしょう? ねえ、そして速達にしようかと思ったとあるのですもの。これはいいおくりものでなかろう筈はないでしょう? それに、題とはこれは全くふさわしい頂きものです。この間うち考えていたのです、折々。本当にいいわ。このまま正題にします。時代の鏡という表現も云わば蛇足で、これは題にならないと思っていたのでし
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