うわけは、ちょいちょいいろいろかくのです、耳にとまった会話、景色、そのほかいろいろ。これまでどの位ちょっとしたノートや紙切れにかいたでしょう。けれどもそれをちっとも整理してないのです。だから、何か小説をかくとき、季節のことや何か、不便です。それでハハアと今ごろ(!)気がついて、ルーズリーフをつかって、それをはずしてファイルして月雪花からあらゆることを整理しておこうと思いついたのです。よんだものについてのメモにしろ。そしたらいざというとき引くのに楽です。これまで大衆作家やジャーナリストしかそういうことはしなかったようですが、ちがった内容でそれがされることも私たちにとっては決して不自然でないのですもの。生活の環と内容が大きくなると、やはりその必要というか便利かが生じます。
机の引出しをすっかり空っぽにして整理しているうちにいつか、五月ごろの雨上りの景色をかいている紙切れが出て、何だかその頃の空気がぱっと顔にかかって来るように新鮮でした。だからおしいなアと思ってそして考えていて思いついたのです。仕事してゆく自分自分の方法が、こんなにしてたまって来る、見出されて来るのは面白いこと、ね。
十三日に、どこかお湯のあるところへゆきたくてキョトキョトしましたが、おやめにいたします。無理だから。もし鵠沼にちょっと泊れるところでもあれば、一晩海のそばで眠って来ますが。きっと、一人でいろんなこと一どきに考えて、それで温泉へでも行きたくなってしまったのね。どうもそうらしく思えます。理研のレバーはよくきいて、気分としてはそんな気分でも仕事はやって居ります。何と面白いでしょう。ミケルアンジェロが、フィレンツェにいられなくなって、ローマ暮しで心は悲愁に充ちているとき益※[#二の字点、1−2−22]仕事に熱中したというのをいつかよんで、そういうところまで責められている芸の術というものはこれまた稀有だといろいろ感じました。しかし、そういうことは生きかたの方向としては、もっと貧しい芸の術の場合でもあり得ると思うとたのしくなります。人間の生活のキャパシティーというものはおもしろいものね。
キャパシティーからつづいてのわけでもないけれども、この前のお手紙で云っていらしたお礼のことね。あれは、先のことはともかく、お話しのとおりしておきましょう。考えて見れば先のことはともかくならば猶更というところもあり
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