つもったこと。
 只さえじっとしていられない雪なのに、このごろの雪故、速達出しに出かけたら、アスファルトの上はこわいこと。すこし雪があって下駄の歯がすべって。雪道を葉の青々と黄色い花をつけた春の菜種の花をもってかえりながら、動坂の三月だったか二月末か、ひどく雪のつもった夜、私は繁治さんと高円寺の方へゆく用があって、あなたに何かの雑誌を買うことをたのまれ、新宿のところで本屋の店を出た途端、すべってころんだことを思い出しました。そのとき繁治さんは手をかしておこしていいのかわるいのか、というむずむずした表情をして傍に立っていました。そんなことを思い出し思い出し歩いて。雪のある朝は陸橋の上から池袋の方を眺めた景色もなかなか絵画的です。東京には雪のないとき、この陸橋の下を屋蓋に白く雪をのせた黒い貨車がつづいて通るときも、何か遙かなる心を動かされて面白うございます。
 雪や雨はすきです。風は夏の風、でも微風よりつよいと閉口です。
 きょうはこれから『文芸』のつづきをかきます。「真知子」に扱われている世界にふれてかきます。鉄兵の「愛情の問題」にある誤りが「真知子」のなかでも別の形で出て居ります。
 そちらのバラやカーネーションもこんな光線のなかで、やはり新しく眺められましょう。きょうの雪は私にとって二重三重のよろこばしさです。あなたも皮膚のしっとりした快さでしょう? 本当によかったこと。この雪に向って歓迎の窓をあけたのは発送電の親方のみではありません。では又。お大切に、風邪ひかずを願って居ります。

 二月七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 二月七日  第十二信
 お手紙をありがとう。きょうの雪もゆたかだけれども、私の方も珍しくたっぷりです。
 きのうね、小説をかく女のひとが来ていて、そのひとは珍しく来たひとなので話していたら、二月一日づけのお手紙が来ました。多賀ちゃんがだまって例のチャブ台の上においたので、私はチラリとそれを目に入れて、どうしたって手を出さずにはいられやしない、黙って封を切ったら詩の話が書いてあるのですもの。どうして話しの合間によめるでしょう。上の空になって、それでも相手しながら、手紙の上へ手をおいて、話しました。
 多賀ちゃんとの暮しだと、あなたも御一家息災というユーモアをお洩しになるし、こちらで笑う気持も自然ね。面白いものだと感じます。
 蜜
前へ 次へ
全295ページ中34ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング