いうの。やっぱり自分の原則をもっていてなかなかでしょう? きょうのひとは石井鶴三に見て貰いたいと云っていて、それはいいわ。お父さんというのは彫刻家なの。技術でやって行けず、工場へつとめているというような彫刻家で、それでも知人としては娘の助けになる専門家も知っているというのでしょうね。
自分が初めて小説の長いのかいていた時分を思って、セイラーを着てスカートふくらがして坐っている娘さんを見ました。私は紫紺の袴はいていたのよ。凄いでしょう? そしてね、毎朝ぐらい鴎外が馬にのってゆくのに会ったのよ。鴎外は馬の上からいつも何となし私に視線を与え、私はそれを感じながら、自分は一寸見上げて、下を向いて通りすぎてしまうの。鴎外が私を知っていたということはずっと後に父からききました。
茉莉さんが『明日への精神』のいい書評を『朝日』にかきました。この茉莉さんは、美学の山田珠樹のところへお嫁に行って破婚になったのよ。大した大した結婚式してね。その山田の家というのは下町の大商人で、孫は(茉莉さんの子?)白足袋はかすという家風なのだって。そんな家へやる鴎外、大臣なんかずらりと招く鴎外、そこに鴎外の俗物性が流露していて、しかも娘は、湯上りに足を出して爪を切って貰うことをあやしまないように育てたりして。茉莉さんという娘は、自分の知らないことのために不幸にされた哀れな女です。杏奴の方はずっと自分の常識で、世間の仕合わせも保ってゆくような人。杏奴は絵よ。旦那さんも。茉莉はものをかく方なのよ、どっちかというと。ここにも何かのちがいあり。
久しぶりにお目にかかって、寿江子はいかがに見えましたか? この頃すこし勉強で糖を出して居ります。でも大分落付いて、いろんなこと分って来て、追々ましです。ましになってくれなくては困るわ。
好ちゃんはこの次はいつ頃訪ねて来るのでしょうね、きっと私の誕生日ごろ(二月十三日)来そうな気が致します。あの子は一種のかんをもっていてね、私のよろこぶときを自然に会得するらしいの、奇妙ねえ。
おついでのとき、どうぞよろしくね。あなただって、たよりおやりになることもあるでしょう? どんな字をかいておやりになるの? あなたのことだから、きっとこまやかにうまい工夫をこらした生活法を話しておやりになるのでしょう。
そう云えば、鳥取の手紙すっかりおそくなって。
「寺田寅彦理博の随筆物
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