うがはじめての手紙よ。『都』に文芸時評二十枚かいたのち、岩波の『教育』へ二十枚、「紙の小旗」二十一枚、あとこまこましたもの三十枚ほど。間では多賀ちゃんのおつき合いをいたしましたし。
 多賀ちゃん七日の夜九時十分でかえりました。荷物が迚《とて》もどっさりでね、超過二円四十銭とかとられたそうです。おまけに一つの方の量が多すぎて、駅でつめかえをしたりして、夕飯をたべて一休みして時計を見たらもう八時、ホラ大変というわけで大あわてして出かけたら、いいあんばいに学習院の角の駐車場に車がいて、それをつかまえて四十分前に東京駅へつきました。まだ車輛が入ってもいまいと思ったら、九分どおりの人がのっていて、びっくりしました。寿江子と咲枝見送りに来ていて、林町へその前々晩送別会によばれ、大よそゆきの草履を貰い、寿江子にも何か貰い、てっちゃん、佐藤さん、稲ちゃん其々からお餞別貰って、多賀ちゃん大ほくでした。
 丁度忙しい最中、家じゅうごたごたしていたので、私は疲れました。きょうは風が吹くけれど静かで、お客もなくて、ずっと机にいて一つ仕事終って、これをかいて居ります。又今夜も早くねて、あしたの朝なるたけ早くから校正をやってしまって、そちらへ行って、かえりに小川町の高山へ届けましょう。
 校正そこで待ったりしているとき出来るように一つ万年筆をかいました。3.50 也。アテナ。丸善。金ペンはありませんですからパラテナというのでペンが出来て居ります。「それで書くとこんな字になるのよ、ザラつきます。ちがうでしょう」でも校正は紙がザラですから、どうせいいの。
 多賀ちゃんのかえるついでに島田と河村と野原とみんなおせいぼをわたしてしまいましたから大安心です。丁度『明日への精神』の増刷の分が来たので大助り。歌舞伎を見せ、水谷八重子というものを初めて見物いたしました。新派というものの講談社性はどこかもうああいうひとの身にしみついているのね。八重子は情熱のとぼしい女優ですね、ひどく心情のひろがりの乏しいひとです。つまらない女優であると思いました。松井スマ子は子供のときみたぎりですが、目にのこっている生活力がありましたが。本当の芸術的なところがあったのね、八重子は何だか子役から段々仕立てあげられたというものに見えます、そういう演技とつまらなさがあります。歌舞伎では「演劇の健全性」というもののむずかしさがむき出し
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