で。実に腰のきまった、ね。私はまだ本気になると堅くなるところがあって、そして、この四通八達はリアリズムの極致なのだから面白い。主観的なおさまりでないところが興味があります、そして無私であって。
 又「北極飛行」になりますが、あれをよんで、人間を育てるものは何かと考え、何か激しく求めて喘ぐような感情を経験しました。あの筆者は、自分がどんな新しいものとして生きているか、きっと私たちがその姿を見て呻《うめ》くように感じる程分ってはいないでしょう。人間の成長はそういう風だからおそろしいと思います。ああいうものをよむと、私は七度でも生れかわりたいと感じました。あすこへ文化が育つまで、世代から世代と生れかわって辿りついて、その光の中に出て見たい、そういう気が切実でした。これまで一度の生涯というものへの愛惜は随分つよく感じて生きて来ているけれど、七度もと思ったのは初めて。益※[#二の字点、1−2−22]業がつよくなったのよ、ばけるようになったのね。そちらはいかが?
 私はこれまで自分はお化けになれないと思っていたけれどもこの分ではやや有望です。
 ふと思いついてひとり笑えます。だって、私は義務読書の中で、一度もこんなばけたい話まではしなかったから。ニヤリとなさるだろうと思って。でも、それは私の具象性でしかたがないのでしょう、見たもの、ここにあるもの、見たところで今日あるもの、その三つの点が生々しく関係しあって、そこの街の匂いとともに顔をうって来るのだから、どうもこたえるわけです。「広場」の後篇なのですものね。
 お化けなんて可笑しいけれども、先《せん》、盲腸をきったとき、手紙のこと一寸申上げたでしょう、覚えていらっしゃるかしら。「役に立たなくてよかったね」と云っていらした手紙のこと。よく云うでしょう? 自分のごく親愛なものが死ぬとき、そのひとのところへ現れるって。父さえ私のところへはあらわれなかったから、自分のような性質のものは、やっぱりきっとあっさりしちまって迚も挨拶なんかしないだろうし、おばけにもなれそうがない、と思ったのでした。可笑しいでしょう、そして、それは残念だから手紙かいてちゃんと用心していたのだから。ちゃんと化けられる自信がつくまで、手紙はすてられないわ。これは本当よ。
 あなたの方の御様子が分らないので、こんな半分のんきそうな(本当はそうではないのだけれど)ことか
前へ 次へ
全295ページ中12ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング