あきらかに在って、この筆者は私たちのぐるりのような荊妻豚児的家庭の感情ももっていないし、公のことと私のこととを妙に区別した一昔前の新しさもなくて、何と全統一の感じがあるでしょう。この感動は、私が自分で見ききしていた時分には、まだ社会感情として一般にここまで来ていなかったということと思い合わせて一層深うございます。よろこびとは何と合理的で透明でしょう、私たちは何とそういうよろこびをよろこばんと希うでしょう、ねえ。この感動で屡※[#二の字点、1−2−22]涙をこぼしました。人間のよろこびは、何と大きくひろく動くものとしてあり得るでしょう。そして、ある挨拶をおくる言葉を、心からあなたにもあげたいと思って。この本のなかにはどっさりの忘られぬ響があります、ね、そうだったでしょう?
今年のお正月は、こういう本ではじまって幸先よしの感じです。私はこの本とサンクチュペリの「夜間飛行」と何か日本の飛行をかいた本とくらべて何かにかいて見たいと思います。文学としてね。
きょうはどっさり勉強しなければなりません。もううちの正月は終りです。夜は栄さんが仕上げた小説をもって来るでしょうし。
二十八日のがきょうついたところを見ると、私の二十八日夜の分もあなたのところへはきょうかあしたのわけでしょうね。
きょうはどうかして眼がすこしマクマクします、春のように。
これからの仕事が終ったら、築地を観てその印象をかきます、芝居も久しぶりです。芝居は大した景気だそうです、一般に。楽《ラク》まで売切れとか。柳瀬さん年賀状をよこし近々箇展ひらくとか。光子さんまだアメリカなのでしょうか。どんなにしてやっているのでしょう、変に腕達者にならなければいいけれど。旦那さんそれでなくても売れる画のこつがわかりすぎている傾き故。
では、どうぞどうぞお大切に。シャツなしのところへお正月の挨拶を。
一月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
一月九日 第四信
きのうからひどい風ね。凧のうなりがそちらでもきこえましょう? どうしていらっしゃるかしら。寒くなったし。風邪は引いていらっしゃいませんか。本当に本当にたべられたくなったら又玉子になろうかしらと思って居ります。
『文芸』の仕事「ひろい飛沫《しぶき》」を書き終り。次の古典読本のための下拵え中。そして、いつか三笠のためにかいた百十五枚ほどの文学史
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