ーギニアのレイと赤道直下の小島ハウランド島の間、彼女自身によって「全コース二万七千|哩《マイル》の中最も距離長く難コースと思われる」地点で消息を断ってしまった。この一周飛行に当って、彼女はジャナリスムに寄稿する契約をもって居り、飛行の間のノートその他を土台に相当書いた、レイを出るときまで。それを良人であるプトナムが編輯したものです。写真を見ると、いかにもさっぱりした快い風貌の女のひとです。飛行機に対する熱愛とともに、彼女が女の生活能力の拡大について常に熱意をもっているところ(アメリカにおいてさえも!)自身の仕事をもその一実例としての責任感で当っているところ、又飛行機に関して、現代の機械の進歩は、各細部の性能の特殊化の方向にばかり向けられて居り、速力を増すことにのみ向けられている。僅か四|呎《フィート》ぐらい(四方)の操縦室に見たり整えたりしなければならないものが百以上あって、これは飛行士をつからせる、もっと単純化すのが一歩の進歩ではなかろうかと云っているところなかなか面白く感じました。安全率を高めるための配慮がもっとされなければならないとも云っている。忙しい操縦の間に十何時間も食事なしでとびながら、自然を観察したり何か、こまかく活動的な頭脳であることがよくわかる。良人が、驚くべき性格と魅力とを惜しんでいるのも尤もです。いつか私も命をおとすときがあるでしょう、そう云って、夫婦がそれを理解し、理解していることから一層互に楽しく結び合い愉快に暮した生涯というものも、味があります。
リンディーの夫人のアンがやはり本をかく由。今度のは「聴け! 風を」という題の由。女性の生活と広い意味での文学は、こういう方面にもひろがって行っているのですね。
私は飛行機は駄目です。パリとロンドンとの間を翔《と》んだけれど。普通に酔うのではなくて、脳の貧血がおこります。頭がしめつけられるようになって来てボーとなって、長時間の後にはそのまま死ぬという厄介な酔いかたをするから。みっともなくガーガーやるのは、いくらやっても大丈夫なのですって。
文学的な形にはまとまっていませんが、三八年の九月のモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]から三人の婦人飛行家(モスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]と南露の方を無着陸飛行したレコード保持者たち)がバイカルのこちらのコムソモーリスカヤ辺へ無着陸飛行を試み、もうすこしのところでガソリンが切れ、不時着に迫られたが機首を突込む危険が見えたので一人の婦人飛行士にパラシュートで飛下る命令が下った。彼女はそれを実行した、機体は幸《さいわい》無事に降りることが出来、一週間ばかり密林での生活ののち救われた記事が『新青年』に出ていた。パラシュートで独り下りた女のひとの経験は恐るべきものです。よく沈着さと推理と体力とで飛行機のところまで辿りついたが、やっと辿りついたときの彼女は片足はだしで、杖をつき、茶色のジャケツの胸にレーニン章をつけて、辛うじて密林から現れて来た由です。この物語の中には、イヤハートの生涯と又全く異った美しさがあるではありませんか。涙の出るところがあるでしょう、人間の生活の美は複雑ですね。
日本では自動車をやれる女のひとさえごくまだ尠《すくな》いから、飛行機まではなかなかでしょう。自動車をやる女のひとは有閑的か何か的ときまったような工合故。咲枝や寿江子は出来るのに本当の免状をとる迄はやらない。
一月三日
きょうは久しぶりで髪を洗って貰って、小豆島産のオリーブ油をつけて、非常にさっぱりしたところです。十二月は中旬にならないうち病気になってしまって、ちっとも髪など洗うときがなかったから、全く爽かです。
考えて見ると、私は十年目位にひどい病気をして居ります。一九一八年、二八年、三八年。そして、それがいつも年の暮ごろから正月にかけて。奇妙です。その上、一つの病気の後に生活が或変化をうけて来ている。今度の後のことはまだわからないけれども。今度の病気のやりかたは以前のどれに比べても結果はプラスだけだから、生活に変りが生じたとしてもやはりプラスだけだろうという気も致します。二八年から九年にかけて肝臓炎をやったときは、内面的に大きいプラスを獲たが肝臓は半死になってのこったのですものね。今度のように生涯の禍根を断ったというのではなかった。
体の調子は良好で、この前の手紙に書いたひどい疲労感はごく微かになりました、ただ、夜夢を見るの。これは私としては大変珍しいことで注意をひきます。何か不安という程ではないがアンイージーな夢を見る。そこで心付いて、もうすこし傷が丈夫になったら眠る間腹帯はとることにしようと思います。しっかりしまっている、そのため何か圧迫感があり実際圧迫されていて夢を見るのでしょうと思う。夢はとりとめなくて
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