そのこと思って居たところでした。誰も云いませんね、妙ね。
鑑子さんの家のこと。同感して下すってうれしいと思います。人生、幸福、そういうものに対する現実的な一つの見識であるわけですからね。女としては特に、ね。
日常の細部、それから芸術上のこのみにふれればいろいろあります。けれども全体の誠意というところから見て、やはり云えると思って。光ちゃんは大きい娘(小学校五年ぐらい)です。体が大して丈夫でないが、大変美しくて、賢い子です。
いい家庭といえば、先ず世間的な名士というのは何と凡俗でしょう。
うっかりして風邪ひかぬよう、というのには笑えました。そう? そんな顔におもえになりましたか? 光栄です。私は風邪ひかぬよう、と云われたりすると、風邪のクスリと云ったいろいろのこと思います。でも本当にきょうはすこし風邪気になりました。きのうは袷であつすぎ、きょうはこんなにさむいのですものね。どうかあなたもお大事に。あなたはうっかりして風邪ひかぬようと云われる必要は、おありにならないのかしら。
一寸ハクショ! ぐらいさせてあげたいと思います。ハクショとしたら、右の肩の上を左の手で、左の肩の上を右の手で二つ三つパタパタとやるというおまじないがあって、うちの母なんかよくやって居りました。きょうは表をかく日ですが、ちょっと二三日御勘弁ね。この手紙かいて、すこし横になって、それからきょう、あすとで仕事してしまって、それからゆっくり又かきます。昨夜なんか九時十分過ぐらいです、床に入ったの。すぐ眠って。今晩はすこしおそくなるでしょう、でも十一時迄ね。ではお大事に。黄菊匂って居りますか? ユリの机の上のは薄桃色と藤色っぽいの、やはり小菊です。明るい午後に匂って居ます。
十一月八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十一月八日 第一〇三信
きょうは水曜日でしょう、きのうからちょいちょいポストをのぞくのですがまだ御到着にならず。今頃どの道通ってる、あの道とおり、この道とおり、と子供のうたのようなものね。それ頂いてからと思っていたのだけれどもまち切れずかきます。
私の手のはれのこと、くりかえし申しますが、本当にいろいろ注意して薬も燐ザイと併用して内分泌の薬のんでいるしその他よくきく鎮静薬も心がけてたっぷり貰って居り、そのために心つけていてくれるひともあり、どうか御気になさらないで下さい。却ってこんな形で出るバローメータアがあればようございます。私は体の右がよくないのね。眼の度も右がひどいし。
けれどもこの間『新潮』でとった写真届きましたが、なかなかちっとやそっとで参らなそうな様子です。カゲは到って濃いから御安心下さい。それは気持よい写真だからやきましして貰って一枚おめにかけましょう。私のはいつも皆と一緒で、そういうときの顔は又そういうときの表情ですから。誰かを愉快にしてやりたいと骨を折っているのでもないし。その写真をとったときは、そちらに行って、かえって横になって、いろいろの感じに浸っているうちすこし眠って、おきて間もなくのところでした。御覧になればその感じ、きっと分ると思います。わたしのお歳暮にいたしましょうか。ユリがこんな写真をよこすのならと、良人たるあなたは大いに気をよくなさるところがあっていいと思います。
さて、てっちゃん十五日に立ちますそうです。私は十三日の月曜日に(大体)行って、島田へのおみやげをことづけます。又中村のマンジュウです。いいでしょう? お気に入りですから。どっさりあげます。野原へも分けるのだから。少しかないと舌がかゆいでしょう。てっちゃんは、やっぱり私の手のはれたりするのを心配してくれて、十三日に天気がよければ澄子さんと赤ちゃんづれで稲田登戸へゆこうという計画です。私としては本年はじめてのピクニックね。十三日までに『新潮』の小説をかいてしまわなければ。まだ何をかくか分らないのです。英男という弟の死んだ知らせをモスク※[#濁点付き片仮名ワ、1−7−82]でうけとって、その悲しさは独自でした、その気持がかきたいのです。でも、どんな風にかけるかと考え中。
きょうは、さっき帝大新聞に「文学のリアリティーとしての思意的な生活感情」というものをかきました。これは武田さんの月評からひき出された感想で、「杉垣」が、翻訳小説なら随分佳作として称讚しただろうが、日本の小説性格形成の過程と西洋的なのとは全くちがう、私のはつくりものと云うのですが、作品との関係では云うこともないが、そこに彼の散文精神の風俗小説的限度があるのです。人間感情のリアリティーとして思意的なものがあることが分っていない。行動の感覚と混同した程度で意力的な感情は日本の文学に昨今どっさり入って来ていますが、その行動を吟味し、人生の歴史のなかへ、集積としてもたら
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