なったのだろうと感じて、幾条も光の箭《や》にいられたような体じゅうの気持で、なかなか眠れませんでした。
いよいよ寿江子の絵が出来上りました。本人は失敗失敗というが、それでもこの室のこの隅からの感じはわかる。これに補足として光子さんの細部的なスケッチが大に役立ちますね。寿江子は室内のあの安楽椅子辺から描き、光子さんのは丁度、私のねまきの干してある浅い手すりのところへ出て、ひろく外の景色を描いていて。光子さんの方の絵で見ると右手の煙突の先に[#図3、右手前に煙突、煙突には三角の屋根、左奥には家の屋根の左端を描いた絵]こんな形に屋根の見えるところがあるでしょう。これがもとの家の屋根に当ります。寿江子の方のでは右手のギリギリのところに濃くこの形で屋根の遠望があらわされているところです。元この家にいたころ、更に奥の大きい屋敷は建っていず、何とかいう人の花園でした。左手に黄色っぽく洋館がある。それも花園の一部でした。二枚とも御覧下さい。今に、この六畳から出た廊下の北窓からの眺望や物干の眺めをおめにかけます。これから私はすこしスケッチをやって見ます。今も寿江子に云って笑ったの「だってくやしいよ、一枚描かそうと思うと、御機嫌とってやってさ。字が書けないと同じようだもの」しかも、ちょいちょいとやはり字でない形で見て欲しいときがあるのですから。この二枚を切手貼ってむき出しに送るか、さもなくばよごれないようにして送ろうかとつおいつの末、すこしおそくなってもよごさずに届く方法にきめました。
島田からお手紙で、富雄さんが手つだうことはお断りになったそうですね。運転手が、却って気兼ねだからというからとのことです。仲仕もおいていらっしゃる由。夜の仕事はやめて安全第一にやっていらっしゃる由、そちらにもそのようなおたよりがありましたでしょう。野原では春になって土地を処分なさる由。林町のうちは水道が凍って風呂がたてられず、目白へ風呂を貰いに来る由。大笑いをしてしまいました。きっと今に「今何時でしょうって目白へききに来るんだろう」。だって林町は家じゅう電気時計で、停電すればそれっきり。目白のはボンボン時計ですから。周囲の一般のレベルをぬきにして一つの家の中だけやったって、不便のときは、極度に不便になる。こういう悲喜劇があるから、私は石炭が質を低下させられるつ[#「るつ」に「ママ」の注記]れ煙突掃除を余計たのむので閉口しつつ、あたり前のフロが大好き。太郎はカゼがなおって遊びに来て、「アッコオバチャン、おぽんぽが痛くなくなったらアボチャン、トシマエンヘツレテッテヤルヨ」と大いに慰めてくれました。では又明日。この分ではしずかな天気そうですね。おめにかかっていろいろ。栄さんの小説が芥川賞候補に上っている由。そういうものはあのひとに、今のところ格別あった方が大いによいというようなものでないと考えます。賞の与えかたにも、やはり大局からの考慮がいるものであろうと思います。
一月二十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
一月二十四日 第八信
お早う。けさはいかがお目醒めでした? ゆうべはよくおよりましたか? いいお天気ね。すこし風があるけれども。きのうはユリの薬のきけ工合をきいて下すって本当にありがとう。何と味のふかい、全身的に作用するこの薬でしょう。大事な大事なくすり。
昨夜は刻々を待つような独特な気持で二階のスタンドのところでいたら、急に雨の音がして来た。そちらでもきこえたでしょう、六時頃。そしたら、実にまざまざとその夜の雨に濡れたところへ電燈をうけて光っている洋傘と、その下の顔と、すこし外套の前にかかって光っている雨粒とが見えました。玄関のところへ私が出ていて、濡れた? ときき、その黒い外套のぬがれるのを傍に立って見ている、手を出してぬぐのを手つだいたいけれども、極りがわるいようでわざと手を出さないで。現に玄関でその光景があるように鮮やかでした。きっと、あなたもこの雨の音を聴いて、やっぱり傘をさして出てゆくような心持になっていらっしゃるのだろう。そう思いました。
雨の音は暫く胸の中へ降るように響いていたが、御飯をすました時分にはもうやんでいた。雨もうやんだのとひさに訊いたら、大きなみぞれでしたと云った。霙《みぞれ》が、では降ったのね。今はいい星夜です。九時ごろバラさんが外からかえって来たとき、ふるような星ですよ、と云っていた。
ゆうべは夕飯後茶の間にいて、縫いものをしていました。私たちの八年目の記念、私が死なないで虫退治出来た記念、そんな心持でそちらでよく着られてもう着物にはならない大島と、どてらであった八反《はったん》とを切り合わせてベッドの覆いをこしらえてかけているのです。長いこと、ベッドスプレッドを欲しいと思っていて、出来合の安ホテルの
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