ェほしゅうございます。そういうものが書きたい。この人生に何かを求めて生きている人々の心にふれるような、ね。悧巧な小説、うまい小説、しゃれた小説。文学上のおもちゃはほしくない。そういう点でトルストイはやはりいつ迄たっても偉い男であると思わせます。
 では明日ね。明日火曜日、ではお大切に。

「夏の庭の小さい泉」の話ね。世の中にはいろいろの共著があると思います。けれどもああいう作品は、そういくつもあるまいと思われます。
 朝早く、涼しい光の満ちた庭で、段々泉が目ざめて行って、しかしまだ半ば眠りがうっとりとそこにのこっているようなとき。もっと早くおき出して溌溂としている鳥が一羽、そのふちに来てとまり、はじめは何となくそっと、やがて自分のやさしさに負けて、荒々しいよろこびにあふれながら、下草のまわりに飛沫をとばし、瞼をふるわせつつ水浴をする光景。そのときの小鳥の姿、そしてそのときの泉の様子!
 その美しさを話すとき、私の声はひとりでにかわる程です。あなたの手をとって、そして話すような美しさ、ね。勿論、大切に大切にしてあります。

 八月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(はがき 速達)〕

 弁護士の件につき
 お話のひと住所その他わかりまして問合わせたところ旅行中、一週間ほど後帰京の由です。それから『医典』、十二年版のしかなく本屋も古すぎると申します、月末まで待った方がよろしそうです。とりあえず。

 八月九日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 駒込林町より(封書)〕

 八月九日  第七十五信
 八月四日に書いて下すった手紙、八日朝、そちらへ出かけにとどきました。間に土、日があったせいでしたろう。第六信です。けれども、七月二十五日に速達下すった分は別として。それを入れれば四日のは七信目でした。百年河清を待つには恐れ入りました。私は、待って待って待っていると、ボーとして御飯の仕度するのを忘れて待っているというようなところがあって、この間の手紙、つい用向についてぼんやりしてしまってすみませんでした。話すべきこと、つたえること、勿論ノートにしてあります。そしてやっているのだけれど。
 さてきょうはそういう方を第一にね。弁護士のひとの件。住所はやはり代々木上原でした。事務所は麻布区材木町一〇です。会う都合きいたら旅行中で一週間ほど留守の由。
 義兄に(娘[#「娘」に「ママ」の注記]さんの良人)山口さん[自注27]という人があって(芝の角の家)その人も弁護士であるそうです。もしいそぐならばその人に紹介してもよいということですが、即答は私に出来ないのでお目にかかって(あなたに)きいてから、ということにしました。旅行中の人は第二東京弁護士会所属です。山口さんという人のことも、すこし分らせようと思います。
 あの家では、御老母[自注28]が胃ガンで秋まで保証出来ぬとのことです。気丈な婦人なので起きて出歩いてもいられるそうです。まだ二年ありますが、待ちきれずゆくというような歌をよんでいられるそうです。老人は元気だそうですが大変です。いろいろとお察しいたす次第です。医者の診断も咲枝のような例もあり、もし二年待てれば、実に僥倖でしょう。おみまいいたします、近々に。
 それから『医典』の件。古本屋へ行って見ましたがあるのは十二年版です。これでは診断には大した変りはないが、新薬などまるで役に立たぬ由。買わずに来ました。本月末に出来るのを待った方がよさそうです。それは、いずれも速達のとおり。朝日の方はまだ返事ありません。大森の方申してやりました。栗林氏の方は今明日中に。大森の方十分はっきり申してやりました、今度は。
 おや、又雨になって来たこと。これはしずかな雨ね。木の葉をうつ軟い雨の音。机の上には、アボチンがとって来てくれた蚊帖つり草、猫じゃらし。水引の花。山|牛蒡《ごぼう》の花とまだ青い小さい実の房などがささって居ります。きのう、アボチンは根岸のおばちゃん(春江。咲の姉)と、よし[#「よし」に傍点]という女中さんにつれられて、生れてはじめての独り旅! で茅ヶ崎へ行きました。一日海で遊んで夜かえって来ました。けさ、大キゲンでおきて、私が「アボチン、アッコおばちゃんのお机の草、もう古くなったから又とって来てよ」と云ったら、大得意で、「もうとって来てあるよ」と見得をきりました。離れの前が草蓬々なの。そこからとって来るのです。それが机の上にささっています。こういう面で考えると、私が目白で一人で暮している暮しが、こまごました日常のなかで与えないものの少くなからずあることを感じます。
 けさは、ひるすこし前からはじまって、二十枚ばかりの原稿になる口述しました。『婦人画報』一問一答。若い女のひとの生活について。二十枚ぐらいそのまま文章になるように話すのはくたびれます。咲枝、
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