フ通俗作家としての成功とぴったり一致しているものですね。一番低くてひろい底辺の一部をなしている意味で。それが、逆立ちして、形の上であらわれているのだから、文化の歴史も一通りのものではないと思われます。
きょう「ミケルアンジェロ」の話がてっちゃんと出て、あの著者はこれより前の著述でも、あの文章にあらわれている感動性が溢れていて、対象によっては形容詞が多すぎて、妙だそうですね。そうお思いにな|ります《りました》か? 芸術家を扱い、対象とぴったりしているために邪魔ではないが、やはり或過剰があります、たしかに。それはすぐ感じますが、それにしろ、そういう過剰など持とうにも持てない人ばかり多いときには、やはり過剰であることにあらわれている著者の未熟さを云うより、そのもとにあるものをとりあげなければなりますまい。その点も同じ意見ではありましたが。よく引しまっていて、そのひきしまりにこもる力から鳴りひびくものを感じる程度に到達することは、小説をかくものにとって一流の一流であり、まして歴史家の場合は。へんな構えや様式化にならず、一見実に無駄なくパラリとした文章で、よんで見ると大きさ、しっかりさ、空間の流れるもの、人生へおろされている根のふかさが、じーっと腹に迫って来るような文章がかけるようになったら人間も相当なものであると云わねばなりません。露伴みたいに、空や水、水や空というような塩梅ではなくね。これまでのすこしどうかした文人[#「文人」に傍点]は、皆ああいう工合に霞んでしまったから仕様がない。露伴にしろ明治二十八九年、まだ初めて作品を出した時分、一葉のところへ訪問して、「あなたの若いのがうるさい、早く年をおとりなさい、だが年をとったら又わびしいかもしれない」などということを云い、ロマンティック派の星としてあらわれた時代があったのです。この時代のロマン主義者たちは(文学界の人々)自然主義時代を成長の形として生きとおした人、ごくまれです、藤村がやっと凌いだが、彼のリアリズムはやはり主観の範囲にとどまっています。
寿江子が散歩からかえって来ました。奇想天外ななりで。雨が降っていて、今着られる服はちぢむというので、外套の下とは云いながら私の大前かけにブラウスといういでたちで。眠るために歩かなければならないというのだから、まだまだ可哀そうなものですね。
私は、お湯をどっさりわかして、ホーサンを入れて体をさっぱりと拭いて、そして、これを書いていたというわけです。
隆ちゃんから手紙来。どこかへ行っていて、私が五月十日ごろだした手紙をやっと見たと云って五月二十四日づけ。やっぱり達ちゃんのところとは大分ちがいますね。この間送った写真(あなたの方とおそろい)もきっと随分手間がかかることでしょう。何にもこまかいことなく、只手紙の礼、お母さん御上京のよろこびだけです。あなたに呉々よろしくとのこと。
本月二人に送るものには、面《めん》蚊帖を入れてやりましょう、これは顔をつつむ蚊帖です。それに隆ちゃんには肩ぶとん。ものをかつぐとき当てるものです。それに、一寸した下駄みたいなもの。隆ちゃんは、手紙書いた日に酒、タバコ、ビールの配給をうけた由です。どのあたりにいるのか、凡そ見当もつかない手紙でした。そちらへ何か来ましたか。
どうか呉々お大事に。私はこういう言葉、あなたには只一ことでいいのだと思ってがまんしているのですから、どうぞ御推察下さい。
六月十三日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
六月十三日 第五十一信
きょうはなかなかむす天気です。御気分はいかが?
きのうはいそがしい間、もうすこし待ってくれ待ってくれと云っていたお客日で、一日。
動坂の家に、小説の原稿をもって来ていた女のひと、そのひとは御存知ないが、作品おぼえていらっしゃるかしら。あの小山いと子さんがこのごろ、とにかく女流作家ということになって来て居ます。久しぶりで来て、いろいろの話。旦那さんはつとめのため福島の方へ行っている由。桜木町の家には女学校五年と一年の娘と三人ぐらし。一昨年からそういう生活。そして仕事を発表しはじめている。話の間で女のものをかく人はいやだ、男の方が親切と云うので、男は、てんで問題にしないで高をくくっているから親切みたいなんで、女は一応互角のように思うからなのだろうと話したことでした。アフガニスタンにおける日本の土木技師の生活をかこうというので大苦心です。この人は、小さいこせこせした身辺小説はかきたくないというのはいいのだけれども、大きい題材をこなすだけの生活も勉強も足りないから、メロドラマに陥る。人間との心持もまだまだふみわけ入っていないところがあるし。大変なものですね。
いと子さん、私がおひるの仕度して台所にいたら、立って来て手つだってくれました。
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