筆です。先が細くて、いちいちインクをつかったりペンをかえたり出来にくい場合の役に立って居ります。ウォータアマンです。
 こういうまとまりのない文章の伴奏として、キーとあいてひとりでに閉る扉の音。パタパタいう草履のおと、何か金物のぶつかる音、廊下に反響して言葉は分らず笑声だけ高い二三人の女の喋り。どこかの咳等があります。病院は今ごろから九時ごろまでいつもなかなかざわつきます。全体がざわめきの反響に包まれている。あしたもうかえると思ってこちらもきっと落付かないからでしょう。やかましさが実に耳につくこと。
 十二日
 さて、久しぶりで例のテーブルの前。九日づけのお手紙、昨晩茶の間の夕飯が初まろうというときに着きました。どうもありがとう。それについてのことより先に十日の退院の日からのことを書きます。
 十日はいい塩梅に風も大してなかったので大助り。午後二時ごろまでに世話になった先生がたに挨拶して自動車にのって榊原さん、寿江子とで家へかえりました。いろんな挨拶や何かでつかれはしたがおなかの方は大丈夫でした。熱も出ず。大体私ぐらいきれいに癒った傷ですっかり完成までいれば、もう全く理想的である由。決してせっかち退院ではなかったのだからどうぞ呉々御安心下さい。
 かえって茶の間でお茶をのんでいたら、林町からお祝にお魚を一折送ってよこしました。あっちは、今、咲枝も太郎もかぜ引で食堂にひきこもっていて来られない由。我が家にかえって、いつか下手な図でお知らせした私のおきまりの場処にどっこいしょと腰をおろすと、面白いものね。気分がすっかり変って、病院にいた間の、ひとまかせな気がなくなって、シャンとして来ます。
 夜はもらった鯛をチリにして御馳走したが、私はつかれていて本当の食味はなかった。家がさむくて「アイスクリーム・ホーム」と云う名がつきました。病院は六十八度から七〇度であったから、うちへかえってすぐ二階の火のないところに臥たら〇度で、頭がしまっていたいようでした。それから火を入れ、甘いがつめたいアイスクリームを段々あっためて、きょうはもう我が家の温度に馴れて、平気。暖い二階で十度です。華氏五〇度。きのうのお手紙に流石《さすが》相当の気候とありましたが、全くね。本年はそれによけい寒いのです。水道が今年ほど毎日凍ることは去年なかったことです。そちらはさぞさぞと思います。
 十日の夜は久しぶりの家でほんとにくつろいだ気分でしたが、やや寝苦しかった。きのうは午後一寸(二時間ほど)横になってあと茶の間にいた、座椅子にもたれて。国男さんがひる頃来て、お祝総代ということで喋って行きました。そのときほんのお祝のしるしと云って仰々しい紅白の紙包をさし出した。お金が入っているらしい様子で、上に御慶祥と書いてあります。ふーん、この頃はこんな字をつかうのかしらと思って、これはどういう意味なの? と訊いたら、その通りだからさというわけ。御軽少の音にあてたのです。大笑いしてしまった。正直に訊いてよかったと。だって、私は真正直にこんな字もつかうかと真似したら大笑いのところでした。
 きょうは、只今寿江子がそちらに出かけ。榊原さんとおひささんは、日本橋の方へ、おひささんのお年玉の呉服ものを買いに出かけました。なかなか、恩賞はあまねしでなければならないので、私は大変よ。おひささん、寿江子(これはお正月のとき羽織|半身分《はんみぶん》せしめられてしまった。あと半身《はんみ》は咲枝のプレゼント)榊原さん、林町を手伝ってくれた女中さん、本間さんのところのひさ子ちゃん、病院の先生二人。等。大したものではなくても其々に考慮中です。
 いよいよ九日づけのお手紙について。これは妙ね、どうして、小石川と吉祥寺とのスタンプが押してあるのでしょう。珍しいこと。十日の午後四―八が小石川で十一日の前〇―八時が吉祥寺。吉祥寺と云えばあの吉祥寺でしょう? あっちへ廻ったの? 本当に珍しいこと。
 先ず相当の冬らしさの中で、風邪もおひきにならないのは見上げたものです。私がそちらへ早く行きたがっていることと、それを行かせることをあやぶむ気持とは面白いわね、どうも危いという方に些か揶揄《やゆ》の気分も加っていると睨んでいるのですがいかがですかしら。そちらからのお許しがないうちは出られないとは悲しいこと。〔中略〕でも、マアざっとこんな工合よ、と、一日、一寸この様子を見て頂きに出かける位、不可能とは思われません。きょう十七日にお許しを強請したのですがどうかしら。許可になったかしら。二十三日にはこれは、綱でも私をとめるわけにはゆきません。私は外見はやっぱりいい血色で、家の中の立居振舞は大儀などでなく、外見から判断すれば切開した翌日などお医者がびっくりした位桜色だったのですもの。自分の体の気分が一番正しいわけです。〔中略
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