のをよくよく眺めて来ました。アカコ可愛いの。お見せしたいこと。それから太郎とカルタとったりして。
山口さんくれぐれお礼でした。御用の折はどうぞ、と。うちの障子を、たかちゃんがフヂエを督レイして貼ってくれてさっぱり明るくなりました。昨夜は二人でお餅を切って、すこし話して、十時にねました。今夜はすこしおそくなるでしょうね。
隆二さんの手紙が珍しく来て、「僕のことはなにもなにも案ずるに及ばず。養生専一に」と、云って来て居ります。六年の間に餅菓子を一万個食った男と、ざれうたがあります。年のうちには又かきますが。明日は図書館です。まさか休みではないでしょうね。武麟さん、この前妙なわるくちを云って、こんどは真実味が云々とほめている。(『朝日』)しかしいずれにしろ、俳諧の宗匠の点つけみたいな月評は下らない。木村という人の訳のブルージエを春陽堂がよこし、マフ(手を入れるもの、女の)それをハンケチとかき手套とかき、又もう一つにかいている。こういう訳でよまされるのね、題もかえている。では又おせいぼの手紙は別に。
十二月二十七日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書 速達)〕
十二月二十七日 第百十七信
考えてみると、二十八日のうちについた手紙でないと、お正月に御覧になれないかもしれないのね。ああ、ではいそがなくては。こちらの本当の大晦日に書いたのでは、そちらのお年越しには駄目ね。
(ここまで書いて、たかちゃんをつれて、佐藤さんの家を教えかたがた郵便局まで行って、フト思いついて自由学園の友の会でもしや洋裁やらないかと思ってずっと奥へ歩いて行ったら、思いがけないところに坪田譲治の家がありました。いかにも雑司ヶ谷の家らしい家のたたずまいで、霜どけの庭が垣のまばらな間から眺められ、新しい二階が出ていて、窓のあいたところからスタンドなど見えました。それを見つけたのは私ではなくて、タカ子よ、なかなかのものなり、でしょう? きいたらば(友の会で)三月から十月まで講習はじめるのですって。家からごく近いし人数もやたら多くないし、三月からならあたたこうなって丁度よい、というし、ラッシュアワーで又バスがひっくりかえったなどと云うのも楽ではないし、きいてよかった、これにしようということになりました。材料の心配も先方でしてくれる由ですから。家から七分ぐらい。歩いて。大変いいわ。そして、野原のタタ
前へ
次へ
全383ページ中380ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング