りです、それに台所を手つだうひともいるというのですし。お母さんへは、袋の代り帯をお送りしたこと、申しましたね。今年はお母さんも、やっぱり来年は買えないからコートやショールおこしらえになった由、そこへ偶然新しい帯でマアいいわね。仲仕ももとのひとがいます、大きい体の。私に「こけんとおいで」と云った男。「東京は遠うて、こけてもようおこしてあげられんで」と云った男。
 南江堂の本。そうねえ。でもマア御一覧です。
 表。この頃は徹夜しない、を原則で、そのために手もはれずにやれました。表は、ばからしいようで、あれでやっぱりいいのね。この間うち子供たちのいた間、九時すぎが何日かつづけられました。疲れも出ていたし。
 毛糸足袋のこと、ああそうでしたか。きのう、お正月用外出用の大島綿入、下着、羽織送りました。冬の間外出用をかねて居りますからそのおつもりで。手袋。古いけれども御辛棒。スフよりましですから。行火《あんか》のタネがあってよかったこと、どうかしらと思って居ました。謄写のことわかりました。
 全く今年の暮は珍しいことね。三人ですから。去年は病院であったし。私としては賑やかなような寂しいような、よ。二十六日には参りますが、気になさらないでいいのです。お正月どうしてお暮しになりますか。よみもの何かあるのでしょうか。何年か前のお正月思い出します。「お正月どうしていらしたの」と私がきいたら「ねころがって雑誌みていたよ」と云っていらしたわね、万惣の次の正月のこと。今年はどうしてお暮しになるの? やはりねころがって? 雑誌みて? 私は、ひそかにこの雑誌みて、という表現にふくまれているものを感じて居ります、あて推量かしら。
 たかちゃん、きょうは障子をはっていてくれます。藤江が一月の六日にかえります。十五日ぐらい休んで又来ることにしてあります。たかちゃんも、洋裁の稽古と台所とを一度にはじめては馴れないうちくたびれたりするといけないし、寒中は藤江をおいて三月にでもなって、たかちゃんがその気なら藤江なしで二人でやります。藤江に 40.00 はらうとすれば、十分たかちゃんの勉強費は出るのですから。でも私は、自分が気を立てて仕事しているとき、一々人の出入りに下りて行ったり何や彼やとても気がうるさいようなら藤江おいておくかもしれず。中央公論社で書き下しの長篇を云って来て居ります。それを来年の春から夏へ
前へ 次へ
全383ページ中376ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング