して、そういう風な状態での受けかたです、私としても。あなたもそういう気持の肌理《きめ》でいらっしゃるのね、何とそれはこまやかでしょう。今にはじまったことではないけれども。それ自身として、よ。小説のモティーフの豊富さと云われていて、テーマがつよめられると云われていないところに無限の含蓄があります。この言葉をくりかえしかみ直し、心のゆたかさを感じ、慰めの暖かさ、こまやかな精神の肌理のつやを感じます。これは小さいが珠のような一滴ね。本当にありがとう。口のなかへ入れてのんでしまうよう。
 詩集は「暖い冬」というのです。人気ない小丘のかげに一つの池があります、その水ぎわに一本の美しい樫の樹が生えていて、静かな深い夜のうちに、明るいしずかな昼の沈黙のなかに、その若い樫の梢は不思議に伸び育って、丁度その池のまんなか、湖心というようなところにその梢の影の頂を落します。池の水はひそかな渦をそこに巻いていて、その樫の梢にふれられたとき、音なくしかも深い深いおどろきとよろこびで揺れます。渦は猶無心にまきつづけ梢は猶影をふれ、日と夜とは自然の緊張した静謐に満たされて、その微妙な調和の世界へ迷いこんだものは、一種のぼんやりした恐怖を感じるくらいです。あたりには、よろこびが正に何かに転じようとする際の音ない高鳴りに満ちている。そういうところが描かれていて、ユリは感動しつつくりかえしくりかえし読みます。そしてね、自分のかくユリという字と、ここの薄く黄色い紙の上にかかれているユリという字とを永く見くらべます。このあとのに、何という感覚がこもっているでしょう、目のなかに涙を湧かせるようなものが。
 私はあなたの方の詩集についての話もきかせて頂きとうございます。でもそれには紙が狭いのね、そうでしょう? 読むいろんなものについて書くほどの、せきはないのでしょう。そうね。
 詩集はもう一つ二つあって、この間から随分かきたかったのです。でも、そちらはどんなかと思っていたところだったから。これから又折々かいていいでしょう? 詩の話は、やはり小説のモティーフを豊富にするものですもの。
 そちらの薬はどうでしょう、私の愛用薬は今品切れなの。これは本当に残念です。あんなにいい薬だのに。御同情下さい。薬をつくるひとも原料が手に入らないのでしょう、気の毒に。
 今寿江子が来て、多賀ちゃんと初対面だもんで下で、すこしきま
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