、羽毛の肩ぶとん、そんなものも先にお送りしてあるし。
 うちでは多分この火曜日から五日ぐらい、私が林町へ行って図書館通いして、壺井さんの妹が目の治療をさせている小さい娘と息子をつれてここに暮すことになりそうです。栄さん百枚以上の小説かいて、その稿料で小さい女の子の目の見えるようになる治療してやるつもりでいたら、紙の統制で、『新潮』は百枚以上の小説をのせられなくなったので、急に困りました。しかし『中公』の二月新人号に三十枚かくのがある。それを年内にすまして医療費にしたい、それをかくのに子供二人ワッシャワッシャでは迚もだめ。では、私が一つ動いて騒ぎ組をうつして(医者にもここからなら歩けるのですって)その間に栄さん完成して、ということに相談した次第です。お金ですけるということは、どっち向いても不可能だから。
 木炭のことお手紙できいて下すってありがとう。あれはね、いいあんばいに今夜四俵鳥取の佐々木さんというひとが故郷からのをわけてくれたところへ、佐藤さんが来て、おばアさん、炭がなくなって大さわぎというので一俵かついでゆき、三俵のこり。これがつづいているうちには又何とかなりましょう。炭やは半俵一円五十銭で売ったりしている由。うちの炭は二円二十銭です。二円八十銭がザラです。三円五十銭というのがある。それで十日間ですから。もとは一円二三十銭の品よりわるいので、そうです。醤油もビンと引かえでないとないというわけで、やはり工夫がいるというわけです。
 なかなか珍しい家政状態です。紙の制限で雑誌の原稿はいずれも縮少でしょうし、出版一般がどうなるか。長田秀雄の長い戯曲へ稿料つけて『新潮』はかえした由。作家の心持は、稿料がついて来たからマアいいと云うだけでないから。なかなかいろいろでしょう。
 ああ、それから前の(十一月二十八日づけ)お手紙の山口さんのお礼のこと、よくわかりましたから、ちゃんととり計らいます。今明夜、寿江子が泊ってくれます。大いにたすかります。とりあえず用事だけを。かぜをおひきにならないよう、呉々願います。インフルエンザがはやりはじめましたから。ではね。

 十二月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 十二月十日 午後一時半  第一一二信
 ああ、ありがとうね、本当にうれしかった。けさは、八日の〆切りという『科学知識』への「婦人と文化創造」というものをかきか
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