余計たのむので閉口しつつ、あたり前のフロが大好き。太郎はカゼがなおって遊びに来て、「アッコオバチャン、おぽんぽが痛くなくなったらアボチャン、トシマエンヘツレテッテヤルヨ」と大いに慰めてくれました。では又明日。この分ではしずかな天気そうですね。おめにかかっていろいろ。栄さんの小説が芥川賞候補に上っている由。そういうものはあのひとに、今のところ格別あった方が大いによいというようなものでないと考えます。賞の与えかたにも、やはり大局からの考慮がいるものであろうと思います。
一月二十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
一月二十四日 第八信
お早う。けさはいかがお目醒めでした? ゆうべはよくおよりましたか? いいお天気ね。すこし風があるけれども。きのうはユリの薬のきけ工合をきいて下すって本当にありがとう。何と味のふかい、全身的に作用するこの薬でしょう。大事な大事なくすり。
昨夜は刻々を待つような独特な気持で二階のスタンドのところでいたら、急に雨の音がして来た。そちらでもきこえたでしょう、六時頃。そしたら、実にまざまざとその夜の雨に濡れたところへ電燈をうけて光っている洋傘と、その下の顔と、すこし外套の前にかかって光っている雨粒とが見えました。玄関のところへ私が出ていて、濡れた? ときき、その黒い外套のぬがれるのを傍に立って見ている、手を出してぬぐのを手つだいたいけれども、極りがわるいようでわざと手を出さないで。現に玄関でその光景があるように鮮やかでした。きっと、あなたもこの雨の音を聴いて、やっぱり傘をさして出てゆくような心持になっていらっしゃるのだろう。そう思いました。
雨の音は暫く胸の中へ降るように響いていたが、御飯をすました時分にはもうやんでいた。雨もうやんだのとひさに訊いたら、大きなみぞれでしたと云った。霙《みぞれ》が、では降ったのね。今はいい星夜です。九時ごろバラさんが外からかえって来たとき、ふるような星ですよ、と云っていた。
ゆうべは夕飯後茶の間にいて、縫いものをしていました。私たちの八年目の記念、私が死なないで虫退治出来た記念、そんな心持でそちらでよく着られてもう着物にはならない大島と、どてらであった八反《はったん》とを切り合わせてベッドの覆いをこしらえてかけているのです。長いこと、ベッドスプレッドを欲しいと思っていて、出来合の安ホテルの
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