製本屋は一番早いところということでたのんであります。すこしお待ち下さい。四冊が一冊では厚すぎて不便ではないかと思われます、専門家が見て、不便そうならば二冊にいたしましょう。
 さて、これで咲枝もかえって来たわけですが、私は先の手紙に書いたように、九月の初めの仕事が一かたつくまでこちらに居るつもりです。丁度忙しくなりかかって、かえって又たった独りは閉口ですから。この十月から、三十五歳までの人を雇うに大臣の許可が入用となります、女中さんもそのうちに含まれます。寿江子が八月のうちにかえるそうですから、あのひとの都合もよく相談して、これからの暮しかたを考えます。私は一人の暮しは望みません。いろいろやって見て結局そう思いますから。ねえ、私たちの本質的なたっぷりさというものをなみなみと現実に活かした暮しぶり、簡素で活々として、勤勉で、淋しさを感じない生活をつくりたいと思います。それにはなかなか工夫というものがいります。何しろよく話題にのぼるように、常に次善的なわけですから。でもユリはまめに工夫して、その次善的なものをも、私たちの本質的なたっぷりさをうつすに足るものとして、つくって行きとうございます。
 明日は『婦人公論』のために、友情について二十枚ばかり書きます。『中央公論』に天野貞祐という新カント派の先生が、よい友情にめぐり会うことは運命的という風に云って居ります。人間の交渉のなかに生じる極めて複雑な、有機的な必然のあつまりが結果する単純さというものは、生活的なものなのね、哲学ではつかめないところを見れば。女としての私にある一すじな心、それは一見何という単純さでしょう。まるで近松が描いたリリシスムのようでさえあります。しかし、その一筋にこもるものの複雑さの比べるもののない条件はどうでしょう。その複雑さの隅々までを知りつくし評価しつくしていることからのみ生じる全く揺ぎようのない単一さ。これは実に面白い味いつきぬところですね。ああ、いつか「宮本武蔵」のなかのお通の「ただ一こと」をお話しました、覚えていらっしゃるかしら。友情だって土台は同じです。友情なんかを架空的なロマンティシスムでいうのは誤っています。所謂ロマンティシスムでもてる愛などというものは、この現実に只の一つもあるものではないのですものね。
 栗林氏のところへ電話したらまだ帰宅せず。様子分りません。八月は外に用事なし
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