ゥの通路に沿ってあって、今日は風が通るようにドアをあけはなしてあるから、口笛ふいたり、靴のがたがた通ったりする音がやかましい、ここは、借りて家へ持って来るには、土地家屋・不動産を所有する人の保証がいるのです。不動産とは面白いこと。
寿江子がエハガキお送りいたしました由、つきましたか。どんな絵よこしました? 明るい色彩? 私の方へは板の間にゴザがしいてあって炉の切ってあるお住居のスケッチをよこしました。八月末に一寸かえって十月までいるとか何とかまだ不定です。寿江、糖の方から呼吸器になりかかったからそれですっかり用心しているわけでしょう。お姉様も三四日是非来いと云って居ります。ひとの気もしらないで。知っているつもりなのですが、やっぱりつまるところ知ってはいないから。太郎は今年海水浴第一課をやる予定のところ、ああちゃんがこういう有様なので、きのうは庭の日向に大きい支那焼火鉢の灰のないのを出して、そこへ水を入れて、泥水の中へ海水着着て入ってよろこんでいるのを見て、そぞろに哀れを催しました。海をみせてやりたいと思って。ところが私はうごけないし、女中さんでは不安だし。遂に太郎は本年泥水ジャブジャブで終るのでしょう。稲ちゃん一家もう保田へ行ったかしら。行かないにしろもうすぐでしょう。本年は鶴さんも行く由。それはそうでなければなりません。保田はあの一家に些かの健康をもたらしはしたが、稲子さんの心の苦痛は保田と全く切りはなせない。保田に行っている、その間に、ですから。女のそういう心配というものは深く考えると何とも云えないものですね。ひどいものね。子供を海に入れてやっている間。赤ちゃんを生んでいる間。その間にもなお深い女の、妻としての心配、不安があるなんて何だろう、と思いますね。
きょうはここ若い女学生が多うございます。全体すいているのだが。これからすこし古びた雑誌をよみます。では又あとで。すこし倦きる。すると、煙草のむようにこれをあけてすこし書いて休むというわけです。
ここに一寸面白いことがあります。明治四十一年秋水が、翻訳の苦心を『文章世界』に書いていてね。ブルジョアジーというのが適当な訳語が見出せず、枯川と相談した結果「紳士閥」とした、というようなこと。「それにつけても明治初年から、箕作、福沢、中村などという諸先生が、権利とか義務とかいう訳語や、その他哲学、理化学、医学など
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