トの生活の重点がキチンと並んだお皿の上にないことは、一目瞭然となり、でもひとがいれば、いる以上はと、そんなことを生活につきそったこととして暮している。そういうこまかいところから細かくない何かで会得されて来て、ユリが本来はひとなんかおかないで、と云っていらしたことが、どういうことかわかりかかって来ます、これはなかなか興味ふかいでしょう? きっちり暮している、そういうことで却って境遇にまけていることさえある、本当の芸術家としては。だから味い深いと思います。私たちには私たちの家庭生活があり、その形がある、そうわかっていても、何か世俗の標準型が忍びこむところがあったりして。いろいろ大変感興があります。ひさのお嫁入りもなかなか悪くない結果と思われます。一応困る明暮を、困らないでゆく、そこに質が変化されます、暮しの内容についての感覚が。書生暮しもいろいろの段階があるものと思います。大いに味ってやっているというわけです。ユリが金持でないことも、仕合わせね。
 私は自分が俗っぽくない、俗っぽいところが全くないような出来のいい人間と思っていないから、そういうことも感じます。生活からむけてゆくということ、それは一言には云えないで、むけようによっては人間がわるくなるが、むけかたによっては、やっぱり実に大切なことです。何か非常に大切なことがひそめられている。本質にふれたことがひそめられています。生活というもの、そして生きかたというもの何と微妙でしょう。そして芸術を創って行く人間の心は。広い、歴史の意味での芸術をつくろうとして人間が生活に積極的に当ってゆき、その芸術によって再び生活がひらかれてゆく、そのダイナミックな関係の切実さ。
 あなたが生活の中から身につけていらっしゃるいろいろなことということについても、考えられます。ユリは大変おくれてポツリポツリその要点をわかって、そこへ来つつある、そういう工合ですね。生活全体がジリジリ、せり上るのだから時間がかかること。それを見ている方は辛棒が大変ですね。
 勉強、十月十七日までには大冊完了でしょう、まさか。七月はがんばります。七八月中に大冊完了というの不可能でなく思えます、夏私は比較的勉強は出来るのですから。多忙の中で、ますます只のやりてやしっかりものになるまいと思います。敏活で、しかも一粒ずつがたっぷり実った葡萄のようにつゆもゆたかに重みある、
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