ツくづく悲観しちまうわ。」「何さ。」「だって日に日にパンパンなんだもの。果なくパンパンなんか悲観だわ。」パンパンというのはふとるパンパン。寿江子はこの頃、元あなたがはじめて御覧になった時分にそろそろ近づきつつあります。やせるにやせられない性なのね、うちの一族は。「これははいてくでしょう(くつ下のことです、きっと)。これはおいてくでしょう。」とひとりごと云いながら、赤い服着てことことやって居ります。又熱川で日にやけて、ノミにくわれたあとだらけになって暮すのでしょう。山羊ひっぱって歩いて。寿江子も今年の秋からは勉強しはじめるぐらいに体が戻って来かかっているので、夏を仕上げにつかおうというわけです。大分先達ってうちは、このまま東京にいてしまおうという気もおこしたらしいが。何か本ひっくりかえして「イッヒビンカツレツ」と云っている。これは、この間大笑いした笑話。さるドイツ語の先生が伯林《ベルリン》へ参りました。とあるレストランへ入りました。給仕の男が、丁寧にききました。「旦那様、何を召上りますか。」すると先生は自信をもって悠々答えました。「イッヒビンカツレツ。――」給仕は、まことにこれは解せぬという顔で、「何と仰云いました。」とききかえしたが、先生やはり泰然と曰ク、「私はカツレツである」と。カツレツという料理の形や材料からこれは実に可笑しい。英語で電話かけようとして、ニューヨークのホテルの電話口で「イフ if イフ」と云ったというのも、笑わずにいられないけれど。もし、もしというわけでしょう、森代議士のつくった実話です。
寿江子は箱とトランクをかかえて下へゆきました。「お姉さま、まだ?」とよんでいる。お金の計算があるのです。ではそれをやって来ますから。そして早くねなければ。忘れず寿江子のおいてゆく服の中へ虫よけのホドジンを入れさせなければ。では、一先ずこれで。
六月三十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
六月三十日 第五十七信
きょうもホクホクデェイと申すわけです。この手紙は特別にいろいろと豊富で、くりかえしくりかえしよみます。「食べても食べてもまだタベタイ」という子供の唄《うた》のようにね。
風邪のこと、心配していただいてありがとう。やっと大体ぬけたようです。もう喉は痛くなく、すこし洟《はな》が出るぐらいですから。そうね、冷水マサツしましょうか。私は
前へ
次へ
全383ページ中232ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング