フ仕度して寿江子とたべて、寿江子出かけ。私はひとり実にたのしく、久々の風呂に入り、さっぱりとしたところなのです。もと、「小祝の一家」という小説、覚えていらっしゃるでしょうか。乙女という女主人公覚えていて下さるでしょうか、お菊とも云った。乙女がひろ子という女の生活の視野から去ってしまう前後の一寸した出来ごとと、そのひろ子という女が、小包をひらいて干している毛布に良人の重吉という男の髪の毛を見つけ出して、それをすてることが出来ず一つ一つひろって小さい髪の毛たばを指の間にしっかりともちつつ、晴れわたった初夏の日光の下に立っているときの心持、そういうもののくみあわさった、小さい作品です。ある雑誌のカットを見ていたら、そこに乙女の裸体が描かれている粗描を見出し、それをかいた男が、乙女のなくなった良人である勉の友人の一人ではあったがデカダンスの故にきらっていたその男であるのを見て、ひろ子が非常に切なく感じる、乙女もあるときは善意で生きたそれに対してもくるしく思う、そういう場面もあります。情感的であって、一味貫いたものがある味いですから、サラサラサッと簡単にはかけなかった。小粒ながら、実はつまった小説。そして小さくても書いた味は小説は小説。小説はつくづくすきだと思います。
 本月は、間というものがなくてずっと次から次へ仕事がつまっていて、しかも一人三役で、本当に本当に盲腸がなくて何と楽でしょう。きょう女中さんのこと、心がけていてくれたもとの私の先生の女のひと、わざわざことわって来たからと云って知らせに来て下さいました。その女は、田舎のひとで、亭主曰ク「おやが貰えと云ったから貰ったまでで、俺にはとっくから好きな女がほかにある。俺の女房じゃない、親の嫁なんだからそのつもりでいろ。」そして、一ヵ月もしたらほっぽり出して妾のところへ行ってしまった。そしたらその女いたたまらないで東京へ働きに出たのですが、身重になっていることが段々わかって来て、今かえっているのだそうです。毎日泣いています。けれどもどう身のふりかたがきまるか分りません由。籍を、嫁入先の家でかえしてよこさぬ由。親が気に入っているから、と。そういうのもあるのですね、女の境遇は受け身だから、不思議と思うほどのことがよくあります。
 女中さんのことは何とかやってゆきますが、七月中旬から折々一日おきの留守がはじまるようになりそうだと思
前へ 次へ
全383ページ中230ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング