「というのが土台曲者だから、つかまえるに楽でない、それに字になると、笑いが又笑いをさそい出す味が消えてしまって。こんな話しかた、ごく内輪の気分で、明るい電燈のしたで、「あら、このおしたしは案外美味しいわ、一寸あがって御覧なさい」、そんなことを云っている夜のようです。さもなければ、何かの漫画見てハアハア笑って、「一寸ぜひこれを見て頂戴」と云って、「バカだね」と云われて、たんのうした顔しているような。明日から書くものについての頭の内でサーチライト動かしつつ、一面でこのような気分。緊張していて、ゆれていて、それでいてあるゆとり。ゆとりの只中で絶えず或ところへ集注しているもの。目の中に独特のこまかいつや。では又明日。ねむうございます、八時だのに。

 六月十日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 六月十日  第四十九信
 まだセルが届きませんでしたね。いそいで羽織ひっかけていらしたらしく、エリのうしろが折れずにいるのが見えました。どうか早く寝汗だけでも出なくなるように。
 さて、ひさは八日の夜八時半、出発して国へかえりました。おめにかかる折がなかったけれども呉々もお体をお大切にと云ってかえりました。稲ちゃん、栄さん、林町、うちは勿論それぞれ心づくしでお土産もらいようございました。「かえるような気がしない、又あしたかえって来るような」と云って出てゆきました。寿江子が来て泊ってくれています。派出婦も毎日ずっといて貰うほど用はなく使ったひとの話ではまことに負担で、家の中の事もち出されて困るというので、日をきめて一週に二度ぐらい来て貰うようにするかもしれません。どうにかやってゆきますから御安心下さい。そちらに出かける時間午後にしてもいいし、或は又門を外からしめられるようなのにしてもよいと考え中です。どんな家庭だってこんなことはあるのだし、仕方がありません。
 八日は、ごたついて、くたびれ、この間から何しろかえるかえるでひさがいても一向落付かなかったので、いよいよ行ってしまってかえってほっとしたところもあるというような工合です。
 九日は、『中央公論』の、十枚ばかりの感想をかき(映画の「早春」というのに描かれている女の心持の問題について)、夜、寿江子と日比谷公園を珍しく散歩して、林町へゆきとまり、けさ、寿江子をかり出して、夜着をもってかえりました。『ダイヤモンド』すぐ送り出
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