閧ワす。人生のあらゆる方面にこのちがいがあるわけです。そう思うと、一層そのちがいの深さが感じられる。そんな気がしました。それから金のこと。朝鮮の砂金のこと。図書館のない町での暮し、勉強の金のかかること。等。ホームスパンのことでは大笑いでした。婦人之友工芸研究所とかいうのがあるのです。そこへホームスパンの柄《がら》の見本をしらべに行った由。そしたら「ありゃ心臓のつよさだけでやっているんですな」技術上のことはひどく知らない。チャチの由。「よくうれますか?」ときいたら「え、とてもうれますわ」との答え。大いに笑いました。『婦人之友』は自由学園で年々歳々暮しにはこまらない亜流インテリゲンツィアの細君をつくっているから、一種の信仰というかくせというかで『婦人之友』のものは、どうしてもうれるしくみになっている。この弟さんは兄さん思いの様子ですね。兄さんの心持のこまかいことなど思いやっていました、離婚した妻君についての心持などについても。愛することと甘やかすこととの混同、愛されることのうれしさと甘やかされる安易さに馴れることの混同、それらがいりくんで、破綻を来した。
甘やかされるということの害毒は、世の中の波の荒さが加わるにつれて、不幸の原因となりまさる一方です。何につけても、ね。夫婦の間のことのみならず。甘やかされる形、そのしみこみかたは様々、複雑ですから。ユリの生活に於て、その点をくりかえし、くりかえし、云われるわけであると思います。白蟻にくわれてはおしまいですものね。
きのう『朝日』に今日の学生生活について一寸かいた記事がありました。東大の生活調査だと、月平均四十二円六十四銭。五千四百三十二人のうち一割強がその金にこまっているそうです、農村出の学生が。卒業即応召という事実は、暗記勉強より「笑って死んでゆける心の準備」を熱望させているというのは、わかります。そして坐禅四百七十六名という数が出ていました。阿部知二、現代の漱石と広告文にかかれるが、この若き心を描き得ないことについて、嘗て一度でも涙を流したことがあるでしょうか。私は、所謂作家というもののありようについて、折々何とも云えず貪婪《どんらん》なものを感じることがあります。はっきり大衆作家と本性を出している者の方がまだ罪が浅いようなものです。もう何年も何年も昔にね、私がアイヌの生活をかきたいと思って札幌のバチェラーの家に
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