フ話ですが、明治文学について宮島新三郎さんの書いた本を一寸見たら、明治七年に日本で殆どはじめて明六社雑誌というのが出て、その同人に西周、加藤弘之、森有礼その他のうち、西村茂樹が加って居るのを見て面白く思いました。てっちゃんのお祖父さんという学者が佐倉藩に身をよせたとき、やはりこの茂樹がいろいろ世話をした由。孫が目白で顔をつき合わしてホウと云っているとは、いかな先生たちでも思い及ばぬところでしたろう。茂樹という人の顔は知りません。祖母の話で、女の繻珍《シチン》の丸帯をほどいて洋服のズボンにして着たとか、英語の字引を祖母も手つだって手写したとか、小判を腰につけて堀田の使いで不忍池の畔を歩いていたら、女の体では足が一歩一歩やっと出すような重さであったとか、土蔵にこもって上野の山の鉄砲の玉をさけていたら窓から流弾が入って、一人息子の一彰の背中にとまって、それを母である祖母がぬいてやったとか、いろいろの話。
 おきまりの読書、その中で、南北戦争がイギリスの木綿製造の機械を改良させた速力のおそろしい勢であることが書かれて居ります。「風と共に」の作者はそういうことをどのように知っているでしょう。アメリカが一九二九年の恐慌から後、ヨーロッパ大戦以後持続していた繁昌を失って、文化の面でもその影響はつよく、人々は(アメリカの)失われた繁昌、くみかえられてゆく社会層の現実をまざまざと見せられるような作品をすきになれない(そういう意味ではセンチメンタリストであり、甘やかされた子供であるから)。そのためにアメリカ文学の現状は、現在のありように切りこんだ作品よりもミッチェルのような古い伝統の手法で、ごくあり来りの題材を描いたものが売れる。これは『文芸』に出ていたアメリカ人の評ですが、なかなか語るところをもって居ると思われます。
「我が家の楽園」というアメリカのアカデミー賞をもらった映画が日本にも来ています。原名は You can not take it with you で、金のことです。事業事業でやって来た男と、植物学をやっていたい息子、一種の変りもので切手を集めてその鑑定でくっている老人、その孫のタイピスト、いきさつは、人生の楽しさは金にはないということを云っているのですが、日本に来ると、これが優秀作かと思われる。死んで持って行かれやしまいし、と金について考える考えかたは日本に行きわたって
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