Cになるわけですね、一畳 1.50―2.00 が今日の普通だそうです。離れ40[#「40」は縦中横]で、借りてがおがむ由。おそろしいようなものです。尤も畳数にすればやすいわけですから、標準より。
寿夫さんも、専門の農業に腰を入れてとりかからざるを得なくなって結構です。科学的研究は未開拓だそうです。社会が複雑でしかもおくれた方法でやられているから。地方的に又民族的に、様々の微妙な錯綜があるそうです。
いつか「孤児マリイ」という小説御覧になりましたね、あの作者オオドゥウの「マリイの仕事場」というのが、又堀口さんの訳で出ました。
巻末に、「孤児マリイ」にふれて私の書いたブックレビューが長い全部のっけてある。孤児マリイの広告兼紹介の意味でしょう。これからよむところ。「光ほのか」よりはいいそうです、これはフランス語でよんだ網野菊さんの意見。「光ほのか」は、作者が所謂文学的に意識して、簡明に描き出せば十分面白いところを妙な心理描写、夢幻にしているから駄目でした。作家が、自分の持ち味を自覚しなければならず、しかも自覚された刹那既にそこからの脱皮が努められなければならないということは、容易でないことですね。常にそれは或螺旋形を描くものですから。短い直線で、あっちへぶつかりこっちへぶつかりというのではないから。根よく持続してしかもキリキリと巻き上らなければならない。主観のうちでは、精一杯ねじをしめて、巻き下げを試みることが、真の質的な巻き上りであるというところもありますし。
このこととくっつかないようで、私の心持では非常に何か関連のあることなのですが、お母さんが御上京になって、毎日手をつないで歩いて、私には初めて島田の家の人々というものの真髄が分ったところがあり、それはやはりこの世における一つの愛すべきものの発見で、ありがたいと思うところがあるのです。父上はじめ皆に共通である真率さ。あれは島田の宝です。いつかのお手紙で、お母さんから父上のお話もよく承るようにと仰云っていましたが、話は相当伺いました。箇々の場合の、ね。でも、それを一貫した気風とでも云うようなもの、精髄的なもの、つまりテーマは今度の略《ほぼ》一ヵ月の間にしっかりと私の感情の上に映され、それを愛すようになり、テーマとして懐姙したわけです。こういう過程は微妙ですね。そしてやっぱり、精一杯の接触をしなければ生じないとこ
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