どんなになったろうかと。これは考えると全く泣けるほどです。芸術家として生活人としての成長というものの、おそろしさ。ね。一寸正当な眼くばりをおとすと、忽ちスーと、おし流された揚句に眺めれば、陸はあすこであったかというようなものであり。
戸塚夫婦の生活には、こういうものが、形をかえて去年秋現れたと思います。パニック的なものの中から、やはりあっちはあっちとしての成長を見せています。無駄にころびはしなかったと思って見られます。そこにも実に云えない努力があるのですが。(二人の)其々のタイプ、其々の伝統、それによってころんだり鼻面をひんむいたりして、進む。一歩なりとも進めれば幸と致さなければなりますまい。自身の努力というものが現実にあるとしてもそれに甘えれば、努力の成果そのものの本質の価値が逆転し逆作用するところ、何と活々とした人間の生活でしょうね。
低い丘しか歩いたことのない人間がやや山らしい山を一つのぼったことで、フーと息ついて、いや実に俺は山を征服したというような弱さ。そういう弱さや小ささの面から見ると、実に人間はその大多数が虫のようでもある。武者の人生観などこんな面と、例えばミケランジェロなんか見較べて、人間は見ようによっては実に力よわいものだが、又他の一面から見ると、実に偉大だ。それに驚くばかりだ。などという人間一般論を出すわけでしょう。
『ミケルアンジェロ』、そういう本でしたか、あと送って下さい。表のこと、すこし信用がまして来て嬉しい。自分のプランから脱れたとき――つまり黒丸の日だけ云ってあげるの? 何だか妙です。黒丸の日だけ起床、消燈、頁とかくの?
今夜おばあちゃんのお客。いろいろの心持でこれから仕度にかかります。もしかしたらこの家で御飯にひとをよんだりするおしまいかもしれないから。あっちこっちスケッチしてよかったこと。私たちのこの家を深く愛します。
アパートでこまるのは生活が露出してしまうことです。これがどうなるか、一番の要点で一番マイナスの条件だから。この点本当に慎重です。あとのことはサバサバするだろうと思えます。
ひさは四月一杯いられるかと思ったら、名古屋の姉が出産しこもち肥立ちがよくなかったらそちらへ行くことになっているのですって。浮足が立っているから。アパートは豊島区内にさがしたいと考えています、かわって、初めてのところへなど行くと、つまらぬ好
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