ンこなしていたろうか。女房的なもの、相対的なもの、互の機嫌に連関して感情的に作用するものとして受けていたところはなかったろうか。自分たちの間に生じる様々の問題は、根柢にあっては常に大志に根ざしているものだということは、何年かの生活とその蓄積とによってわかってはいるのだが、そうわかりつつ、直接の扱いは相対的で、大志によるものという考えかたは或意味でのマンネリズムに堕してはいなかったろうか。さもなければ、ひとにあてて書かれ、一般的に云われているこの言葉が、どうしてこうも新鮮に、ブレークの空のような色で自分をうつのだろう。そして、自身の成長に限界をおかれていないという歓びの感覚が、おどろきの如く感じられるのも、何故であろうか。

 それからは、やや焦点がきまって来て、この半歳における自身の受動性について考えられて来た。積極的に打開し、解決しようという努力はあるのだが、それが発揮されなかった諸原因について。自分の手紙につきまとった或る当てのない痛心や卑屈さやについて。ちっとも求められていたものでないそれらのものが、書いた字数の過半を埋めていたことについて。
 七月下旬、キンシカイジョケンジという電報が来たとき自分はサーッと門が開いて、そこに手をひろげてサア来ていいよ、という声をきいたように思った。頭からとび込むような気で、謂わば眼をつぶって全感覚をうちまかせて、空気そのものからさえよろこびを吸い込もうとする貪婪さで歩き出した。
 抽象的な形で、うれしさがつづいていたと思う。さて、いよいよ「是好日《これこうじつ》」のうちつづきという単純なむさぼりがあった。
 ところが、現象的には却って思いがけない程昔のこと[自注14]が今とり出され、それについての実際うすれてしまった記憶の喚起が求められ、又、何年間かの生活態度について、急襲的な批判が起って来た。
 自身の生きかたがこれまで間違っていたとは思わず、より成長するために新たな刺戟、脱皮が必要に迫っているということを自覚しているところまでは敏感でなかった状態であったから、これは雨霰《あめあられ》と感じられたのはさけ難いことであった。同時に、主観的な態度では実に二人の生活を大切にして来た。これまでの何年間か。些の誤解や喰いちがいやの生じないように、波浪の間に在るからこそ、互の生活こそは玉の如き玲瓏《れいろう》さにおこうと努めて来ていて
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