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私の風邪は熱朝六度七分、夕方五時ごろから七度五六分。大したことのないくせに気分がさっぱりせず。さっき佐藤夫妻が見舞に来てくれて、エキホスの湿布を胸にしろということになり、そうすると、冷えるといけないから猶床に入っていなくてはならないから一筆。
明日はこれではあやしい様子です。さっさと熱を出すなら出して、汗かいて、さらりとしてしまえばよいのに。
火曜あたりから怪しかったから、やっぱり一週間かかるつもりかしら。栄さん二十日、さち子一週間、鶴さん無慮一ヵ月以上です。きょうの予定は、湯気を立ててある二階の部屋は出ないで、折々は起きようと思っていましたが、駄目ね。
余りひどく悪くないくせに、臥ているのは却って気がもめる如くです。明月曜はもしかしたら栄さん、午後に行って貰うかもしれません。来てくれれば。咲枝は兄の一馬(カズマ)が、やっとお嫁さん貰うので(35[#「35」は縦中横]歳)その仕度のため、(郵船のある横浜へ家をもつので)出かけて大さわぎをやっていて、迚もその気にはなれないから。式は十三日。陸軍中将の令嬢の由。
『都』をこの頃とるようにしました。文芸欄で高見順が今日の文学の他力本願主義、後退の跳梁について書いていて、他力本願(題材主義)で、題材のいいのを見つけて、しかもそれに安易に当っている諸作家の態度(生産主義文学、農民文学等)を難じている。高見のことであるから、安易ならざる態度は何かということになると云えないでいるが、今日の文学(一九三八年後半)の特色にふれていないことはない。
文学批評の衰退について、今は「槍騎兵」にかかれていて、真の基本的理論の展開がない、現象主義であってこまると云っている。これはやはり一つの反作用として興味あるあらわれですが、さてその理論となると、忽ちぶつかるものがあって、なかなかの難問題です。どういう意味を目安において、土台の理論と云っているのか明瞭でないが、今日の文学に対しては、先ず作家性と小属吏性との区分から明らかにしてゆかなければならないのだから。外部的にぶつかるものがあるばかりでなく、そのために内部的にぶつかるものを大多数が感じている。ここにデリケートな今日性が在るというわけでしょう。
この間あなたのお手紙にかかれていたジャーナリズムを通して要求にこたえることと、プログラムの有無のこと。念頭にのこって様々に興味
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