Aそれに対しては辛辣に、意地わるに、横紙やぶりにならなければ真に成長出来ないものとして、私に一種の名声とでもいえば云えるようなものがついて来ていたわけです。きびしく云えば、破るという意識のしかたにしろ既にそれが在ることを認めているわけですから、そういう点では何等かの影響を受けていることが云えます。一生懸命に何かをめざして歩いているとき人はその道ばたに、どんなゴミがおちていなかっ[#「かっ」に「ママ」の注記]たか知らないで過るようなもので、全生活を一つの目的に向って緊張させ、それに向って進めば、それがぐるりに立てる音に気なんか向かない。そういうものでしょう。所謂凹みにたまるゴミです。凹みという表現はなかなかうがっていますね、いろんなところに事情に応じていかにも動くのが見えるようで。青鞜流というのには、歴史の質の点で、新しいものとの対比上そう云われる範囲のものであるが、事実上の年代は随分違いますね、あの時代にひっかかっていないということは、今日における相当の幸事です。
ここまで書いて紙を数えたらもう四枚半すぎてしまっている。ところで、いくつかの課題というようなものの中で、この間云っていらした江古田の人のことを、又書かなければならないのでしょうが、私は、どちらかというと受け身で、又書いて御覧と仰云るから、書きませんという理由もないから書くが、どうも妙だ。やがては足かけ三年も経たこと、細かく思い出せないようなこと、私もその渦中にいたけれども、真の当事者たちは勝手に自分たちの生活を展開させ、それぞれ勝手に子供を生むような今、どうして、このことは、こんなに私たちの生活の中にだけのこって、何となし妨害物めいたものとしてなければならないのでしょう。そして、私は何故、又くりかえし書く、ということ、それ自体に明瞭に嫌厭を感じる(あなたがそうくりかえしくりかえしふれていらっしゃるからには何かがあるに相異ない。しかもそれがはっきり、成程その点がそうかと、書く毎に自分ではっきりして来るというのでないので)のに、書かなければならず、あなたとしてお書かせにならなければならないのか。それはこの間うちから考えられていることです。本当に何なのだろう。不愉快であってはいけないことだろう? と仰云ったわね。そのことには、単に私が甘くて、名士好な人物に下らなくおだてられた(私として最大限の表現です)のが不
前へ
次へ
全237ページ中202ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
宮本 百合子 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング