uというような皮相なことではなく、あなたの指図にしたがって万事をやって行って、そのことから深く学ぶところがあるのを期待している次第です。私たちの生活として、それらを経過することによって。
 さて、二日づけのお手紙をありがとう。くりかえしよみ、味い、そして又読みかえし、考える。そういう読みかたをします。より高くより高くと見えるにつれて自身の到達点の現実的な在りようがわかることは全くであり、それは勇気とよろこびとを、湧き立たせるものです。でもね、正直なところ、はじめ一通り貪る眼でよんで、はじめの方の私がいつか何かにつれて云ったことの抜き書きされている部分をよんだら、何とも云えない気がしました。そのわけはね、あすこであれらの言葉はユリの愚かな自負心の例であるかのように示され、とり出され、質づけられて居るけれども、私がああいうようなことを一寸でもかいたそのときの気持は、自負からではなかった。自分がともかく一生懸命にやっているそれを一つも見て貰えない、何かで、そのことが知って欲しい、その気持からいくらかでもああいう反映をもったのでした。それ見ろ、どうだ式では全く無くね。少しはましなのよ、そういう心持、すこしはよろこんでもほしい気持。そういう気持からでした。だから「何という水準だろう」という風に受けられていたことは苦しい気がしました。そして、それだから[#「それだから」に傍点]謙虚について書かれていたというに至っては。私は、栗氏のところへ電話をかけに出て、私の前を走って行くポチの姿を眺めながら、のろのろあの線路沿いの道(あすこはちっとも変って居りませんよ、あなたがよくお歩きになった頃の通り)を歩きながら考え、自分の気持の苦しさについても考え、ここには三つのことが錯綜していると感じました。一つは、こんな心持の行き交いにさえも作用する生活の事情ということ。他の一つは、私が、自分の心持から、そんなものまでを、とるに足る何かの評価であるかのようにとりあげたということにあらわれている客観的な、或は本当に評価というに足りる評価との区分の不分明さ。第三には、それが、愚であるとし、低いとしても、何故すらりと、あなたの感情に、よろこばせたさの心として映らなかったろうか、映らせない何が私のあなたへの心持に在ったろうか、そういう内省。第三のことは、他の場合を考え、特にそう思います。あなたはいつも、そ
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