さんという凸版の親方だった人の息子の細君。一馬という男。これは郵船の船のり。今結婚しかかっている。あとが例の音楽家です。
ところで、世界の波のうちよせ方は様々に波紋を描いて面白いこと。バック女史が、支那を描いたことによってノーベル賞を貰います。カウツキーという人は八十四でアムステルダムで(ウィーンからうつって)死んだ。ローランが大戦のときノーベル賞を受けました。その祝いがスウィスで彼の質素な部屋で行われたとき、彼は、ピアノでヴェトウベンを弾いたそうです。バックは今「アメリカの子」という小説をかいているそうですが、どのようにお祝いをするでしょうか。
私の勉強は今日から哲学のものにうつります。伝記のつづきに、その本に入っていたある序文でイギリスの十五―十八世紀までの歴史的展望をよんで、実に面白かったし有益で、英文学史というものが、やはり、まだ本国でさえ書かれるようには書かれていないと感じました。漱石の十八世紀の英文学研究も又改めて面白く思いました。十七世紀に町人の文化が発生して、写実を主とする肖像画が生れ、文学の性格描写が生じ、音楽でヘンデルのような表題楽が生じたこと、日本の西鶴が十七世紀であるのも面白い。
いろいろと綜合的に感じ、ふと自分はどうして文学ノートを書かないのだろう、書いていけないわけはなしと思いました。ああ勿論それはかの哲学ノートほどのものでありようはなくてもね。日記が文学ノートのような時期があったが、三年前のとき、記念品[#「記念品」に傍点]としてまき上げられてしまった。それが癪にさわったのでそういうものはつけないことにしていたのですが。文学ノートをこれから書いてゆきましょう。これも些細なことではあるが、やはり自分の日々の内容を自身に摂取してゆくことにも役立ちますから。すこし厚い、しっかりしたノートを一冊買って、はじめましょう。ちょいちょいよむが沢山よんでいる。そういうものについてやはり書いておくべきだと思います。こういう一つの小さい実行性についても、私はこの間うち(夏以来)のいろいろなことが、本当にありがたいと思います。勉強してゆくということはして[#「して」に傍点]ゆくことであり、仕事してゆくことは仕事をして[#「して」に傍点]ゆくことであり。そう云えば、誰だってそれはわかっている、と申しますが。
十日づけのお手紙もありがとう。率直のことも
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