A自身の合理性への欲求の自然であることを一層深く肯《うなず》かしめるでしょう!
 きょうは、午前中、一寸したものを書いて、それから計画していた新しい本にとりかかるため、使を出したりしたら、それがなくて、昨年私たちの生活の満五年の記念のためにあなたが下すった『二巻選集』を、とりよせたことになりました。一巻の方に伝記が集められていて、それをよみはじめました。きょうはこれをよむ。面白い。ところどころでクスリとしたりする。濃い黒い髯のために娘たちがムーア人とあだ名で呼んだこの父親は、若者たちに対して「勉強するように追い立てたばかりではなくて、彼は又我々が勉強しているかどうかを確めた」などとかかれているところを見ると、そして、その答えかたに決してゴマ化しを許さなかったと云われているところをよんだりすると、私の心では特別の微笑がこみ上げざるを得ません。全くよく御承知の通りのわけで、もと、一つ二つ伝記としてよんだことがあっただけ故、矢張り有益です。
 今私はこういう計画をもっています。十一月一杯はよく精を出してこの種の読書をつづけてゆき、十二月に入ったらこの一年のしめくくりの意味で、ずっと書こうとしていた今日の文学についての覚え書を書こうと。たのしみにして、今年の初め書いた百枚ほどの「今日の文学」からすこし進歩したものをかきたいと意気ごんでいます。前の分と比べて、自分でどの点がましになっているか意識されるだけ、自覚した努力で書いて見ようと思って居ります。ただ楽に、いわば自然発生的に書くのでなくて、ね。
 葉山嘉樹が「幸福」という作品をかき、その中の百姓に「幸福とは結局自分ひとりが、はたにどのようなことがどうあろうと、その日その日をどうやら過していれば幸福ということになる」と云わせているらしい。川端康成がそれを評して「こういう考えはこれまでたくさんの人がもっていたが、文学にこういう形で現れたのは珍しい。だが、幸福とは果してそういうものか。そういう状態で幸福と云い得るか」と疑問を発している。この疑問でさえ、ある感動を与えている有様です。又、暮しの急激な変化は、歴史の転換を感じさせるので、若い作家の間で祖父、父、現在、と三代の推移を描く欲望がある。彼等は、それを短い小説に、家系を主として書いている。ここにも非常に興味ある諸事情が蔵せられているわけです。そういうテーマを何故百五十枚ぐらい
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