ネい。そういう意味で、語るところが実に意味深いお手紙です。
 私は一度も作家一般におとして自分の将来を云々したことはなかった。人間の真の幸福のため、合理的な叡智の明るさを、少しでもこの世にもたらす芸術家としての自分の生活しか規定したことがない。あらゆる[#「あらゆる」に傍点]場合と書きものに於て。さもなければ、何のために、一人の芸術家として生きている意味があるのでしょう。だが、そういう主観的な意味づけは、それがあるだけで、希望するものとして現実に存在していると云うことにはならない。例えば、ここに、発端的な時期として示されている期間の私の状態にしろ、当時はそういうことは許されていないのだから、と云われたことを、それなり本気にして、貴方から教えられて、マア何だろう、ひどい嘘つき、と思った。そういう程度だった。本気になどする自分、というところまで及んでいなかった。その点で、発端的と云われるのは当って居ると思います。
 それから、これは一寸直接の答えにならないようで、実は大変直接な私の心持の一つ。我々の生活の初まりの時期、私は健全ではあるが生活全体の意味や内容をおぼろげに直覚しているだけの単純さで、あなたと自分というものを、ごく単純化された程度で、肩を並べた感情で感じていた。素朴なよろこびと信頼とに充ちる状態で、おくめんなく一つのものに感じていた。
 次の時期に入ると、生活の諸内容が少しずつ分って来るにつれ、貴方への評価が私の内で高くなりまさると同時に、自分の様々の持ちものについて、元のような素朴さで、それなりいい気持で肩を並べたような気でいられなくなった。自分が多くの点で劣っていることを知った。そして、自分の気持では、自分をあなたにひっぱられる必要のあるものを感じる面が生じた。それは甚だ微妙に作用したと思います。主観的には一層努力が自覚されているだけに、つまり自分の努力をそれなりよりどころ(心持の)にしているようなところがあって、あなたからの心付や注意や励しには受け身な敏感さが生じているため、却って、それに対して感情的になり易く、そんなに云ったって、とか、でも、とか、そういう起伏が頻発する心理にあった。自称しぶとさ、は単なる驕慢というようなものとすこし違っていたのです。本質的には、弱さです。そういう微妙な状態の根底には、あなたへの評価、自身の卑下に於て、甘えたものがあった
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