「てよろしいと云わなければ、普通のお客で十時までは居りませんから。これまで最もこのプランを狂わすのは、壺井さん、稲ちゃんであったが、そちらもこの頃は生活ぶりを替えてしまったから、大変なちがいです。生活感情というものは実に微妙ですね。皆がやっぱり早寝早起きをしようとするようになる。直接の形ではないが、あなたの奨励法は、ひろく及ぼしました。
『中央公論』で十一月は女流作家短篇特輯を出しました。岡本かの子、円地文子、小山いと子、佐藤俊子、宇野千代子、矢田津世子の諸雄です。昔から時たまこういう催しをやったが、作品の質は、明かに一つの時代を語っていて、すさまじきものは、と申す有様です。恐るべき無内容、貧寒さ、人為性というものが、職業上先生[#「先生」に傍点]として厚顔に世間に押し出す度胸のつよさと、ひどい対比で現れている。折からアグネスをよんでいて、無量の感じに打たれました。只今毛布について煩悶中。もう一日乾そうかしら、それともこれから送ろうかと。この工合なら明日は晴天らしいけれども。どうかおなかをお大事に。
十月二十八日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
十月二十六日 第六十五信
夕飯後の本をよみながら、今読んでいるのはルードウィヒの哲学について書かれている批評。これは実に面白い。非常に明瞭に書かれていて、この間二度目によんだドイツ哲学の内容の分析の行われている本との連続で本当に面白い。吸われるように読んで居ます。前の本の或箇処はこの本で一層はっきりとされるし、この本では直接書かれていない部分は、既によんだものによって与えられている。ここに批評の対象とされている哲学者の堂々めぐりの生涯とその思索、及、そこから出て、やがてそれから脱け出して生長した人々の精神活動の過程、ぬけ出して成長した人々の遺産を更に細君と狩猟などもした三年間の雪国での勉強で具体的に明確にした人の功績。こういう道を眺めると、いろいろ感想が深からざるを得ない。
この哲学書の抽象人間や愛に対しての批評は、今日の文学批評の根底におかれるべき性質のものです。この哲学者が「彼自身死ぬほど嫌っていた抽象の王国から、活ける実在への道を発見することが出来なかった」ために、自然と人間とに密着しつつ、その現実的な在りようは理解しなかったという悲劇を、やがては怠慢を、この批評家は、情をもって彼を孤独におき「
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