なたが私の生活の習慣について考え助力して下さることの意味は、全く益※[#二の字点、1−2−22]会得されて来て居ります。
この間(二十一日の朝)疲れで顔がはれぼったいようだったのは、宵っぱりの加減ではなく、小母さんたちがマア無事におかえりになって吻《ほ》っとして疲れが出たからです。勿論、次から次へ何か起るのはあたりまえ故、一々くたびれをもち越しては困りますが。(でも正直なところ、あれはやや例外的気づかれでした。自分で退屈しない方法というものを全く知らない人を、退屈させないようにして上げようとするには、可笑しい程気がくたびれるから)
さて、この間おめにかかったとき、一寸話の中に出たジェネレーションについて。そういう世代的性格の起す現象について。
十三日ごろに書いた手紙では、私としてそのときの判断に立っての感想を語っていたわけですが、あれから後初めて良人である人も来て、その心持というのをききました。自身初めからそういう感情の逸脱の質の低さを十分自覚していて、抵抗出来ず、知られればもう百年目。(親しい友人たちの評価に対しても)双方から身を引いてしまって、せめて苦しさを一身に背負いでもするしかないと思っていた由。白《しら》をきったのは、どの顔でそんなことを認める面皮があろうという心持だった由。迚も日の目に当てられるものではないと思っていたとのこと。今日では、そういう考えかたすべてが、自身の感情のビラビラに甘えていたことであるのを感じて居る由。妻である人が、困難と苦痛とを知りながら再び生活を戻したのも、只、そういう性格なのだからと認めるい[#「るい」に「ママ」の注記]うのではなくて、そんな性格だから、一人にして自傷的気分の中でいい気にさせておいたら益※[#二の字点、1−2−22]仕様のないものになってしまう、そんなところから追い立てて健康な路へ歩み出させようという努力に根底がおかれていることがわかりました。
母親は、こういう子だからと見限ってしまわず、愈※[#二の字点、1−2−22]こういう子なのだからと愛情の故に砕身する。それに似ているところがあります。而も夫婦であるということは、永い年月の間に同化している点も生じているのだから、その努力の尽大・多面なことと云ったら。深い危険が横わっていることと云ったら。
仕方がないという低いところで元に戻られたのでは、健全な友
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