、ちで母子顔をつき合わせていたら、きっと、それで終始するのではないでしょうか。生活の習慣というものは可恐ものです。東京の町を歩くのに、小母さまは、いつも我知らず右手を八《や》ツ口《くち》から入れて懐手《ふところで》をしてお歩きになる。ころんだらおきられなくてあぶないから手をお出しなさいませ、やかましく私が云う。これは、非常に小さなその癖、生活の根本気分を物語る特長です。面白いでしょう?
十九日までいらっしゃるようになってよいと思います。いやいやいらして、私は気が揉めるが、それでもいいと思う。いやなところを二日も三日もかえりをのばさなければならなかったことも、何かの形でやはり小母さまのお気持に強い印象としてのこされるでしょうから。ああいう思いをした、とお思いになるでしょうから。事がらの重大性がすこしはしみるでしょうから。昔、私がごく小さかったとき、変な菓子があった。多分|飴《あめ》でつくったのですが、電気モーターにかけてフワフワとまるで真綿みたいにフワフワして華やかな色のついた菓子。それはフワフワしているくせに、口へ入れると、細い線のかたさがあって、いやであった。その菓子を思いおこします。実に浅いところをフワフワしている。沈む重みをもっていない。そのくせ、その軽さ、フワフワ工合に於ては、すっかりかたまっていて、もう変りっこなしと皮膚で云っているような。
あなたが力を入れて身の立つようにと考えてお上げになるのは、本当に深い情愛です。それだけのうちこんだ肩の入れかたを他にして呉れるものは決してない。それはわかっていらっしゃる。ですから、全部無駄になるというようなことは決してないことです。あなたのいろいろのことのなさりようから、私は私として二重三重に学ぶところがあり、感じるところがあります。自分に対して注がれている心のいかに深いかということさえも、一層肝にこたえるようです。
私の朝の出勤。朝の挨拶のプランを考えて下すったことにしろ、一ヵ月も実行して見て、その一つの事が日常にもたらす全体の価値がまざまざとわかって来ている。私はもう自分からもやめないでしょう。
そういう風に、具体的に、生活へ何かをもたらす力について、私は屡※[#二の字点、1−2−22]考えます。
沢山の賢い人々は判断はする。在る状態について。だが、その中へ現実に一つの流れをいつしかつくってやる力という
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