ニ、めくらになったんだね。でもどうしても書こうと思って、妻に話してかかすけれど、妻は小さいとき学校へ上んなかったから字を知らないのを教えて書かしたんだね」「ああ。でもそれは馬琴のつま[#「つま」に傍点]じゃない。息子の嫁さんだよ」「ふーん」豆の小さい包みを下げて靴音たかく帰ってゆきました。健造は九歳か。十かしら。少年の面白さたっぷりです。何て男の子は面白いだろう。太郎はどんな子になるだろう。自分の子に男の子を考えると何だか笑えてくることがある。あなたにこの興味がおわかりになる? 自分たちの子というものを。健造が、妻ということばを云うときその響は大層|清冽《せいれつ》でありました。無色透明で。智恵子さんのところへ行くそうです。

 さてつづき、良人であった人は芸術家の生活というものの急所がわからず、勉強な女大学生(受動的な)のように考えていたらしくて、この次この本よめ、この次これ、そう云われても作家になっている人なんだから、よかれあしかれ内面の必然があって、ハイハイよめないときもあり、そういうのが、女って結局しかたがないものだ、という結論を引出すことになったらしい。八九年の後、この春離婚して、そして、この作品をまとめた。フランスの婦人作家列伝ていうのを見たら、すこしましな仕事している人って皆、普通の意味での結婚生活やっていないって書いてあったんで、何だか元気がついちゃったようで、と遠慮深く云っていました。フランスでまでもそう? 私はこの頃こういう話は、もとよりも切ない心でききます。ものでも書こうという女は、その性格が妙なところが一応書く力となっているのもあるが、友人たちをみれば、やはり感じること深く、愛することの深いところから書いている。そういう女が、結婚生活、家庭生活で両立せず、様々に傷つくのは、本当に辛い。まだまだ、女が人間らしい積極さから行動しても、結果は受け身にあらわれ、数え立てられる世の中だから、女の生活をいとしく思うことが深くなるにつれ、自分の娘というものを、女親には娘がようございますわ、という気分で見られなくなって来るのですね。少年を見て感ある所以です。
 きょうは、かえって髪を洗いました。それでも大丈夫。十二時半に昼飯前六度三分。
 何と、じき枚数が重なるのでしょう。一日のうち頭の中を通ることは果してイクバクでしょう! このごろは、貴方への手紙しかもの
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