レ白より(封書)〕

 九月三日夜(土) 第四十八信
 嵐のあとがまだすっかり直らなくて、街燈がついていない。そこここの板塀が倒れたまま。樹木もかしいだままです。そこへ何日ぶりかの月が澄んだ空に出ている。葉っぱを、すっかり嵐に揉《も》みちぎられて、古いはたき[#「はたき」に傍点]のような形になった桐の梢の上に星が大きく光っている。
 疲れた、あらされた地べたの上に、一片の月は輝いて、涼しい風も吹いているけれども、きょうの夕刊では、目下南洋から本ものの颱風《たいふう》が上って来ていて、五日の夜までには、この間の疑似よりもっとこわいのがやって来ると云っています。何という荒っぽい天候でしょう。この間の夜中、グラグラゆれる二階にいて、もう十分だのに。林町では土蔵の白壁が皆おちたり、裏の何間もあるトタン塀が倒れたり散々の由。板塀も竹垣も一間十円ばかり(五倍以上)。トタン板を門の屋根にふくのにも許可が入用。荒れ後の始末も一通りのことにはゆきません。この間うちの狭い風呂場の、三尺に四尺ほどのスノコを新しくしたら金四円也。流しのトタンのこわれを張りかえたら二円也。
    ――○――
 さて、九月一日づけのお手紙をありがとう。この間、お目にかかったとき改まった心持で特にお礼を云ったように、この八月一ヵ月は、実に一重二重のねうちをもって、私のためには有益でした。段々の話のうちに、貴方が去年の正月ごろのことを細かにお訊《き》きになった意味もわかり、周囲の生活的雰囲気と自分との関係の客観的なありようというものもわかり、貴方がそのことを、私に注目させようとしていらっしゃること、そのほかそれぞれにフムフムとわかっていたのだが、この間の土曜日の経験へ私の首ねっこをつらまえて面を向けさせて下すったことは、実に実に感謝に堪えません。
 あの二時間ほどの時間は、云いつくせない内容で私の皮をひんむいた。単に処置の問題でない影響を与えられました。その苦しさと憎悪とが、きびしく自分のこれまでの態度というものを顧る方向に向けられた。謂わば、何の気もなしいつの間にか張り出していた庇《ひさし》がふっとんで、俄に万事が一目で見渡せる明るみに出たと云った工合です。
 貴方がおっしゃることがわかった[#「わかった」に傍点]と思っていた去年の正月あたりの事も、この情態で一層くっきりと、人間交渉の丸彫りの姿、小説にかける
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