フ血脈は通っていない、それをつよくつよく感じていたために、或意味での不親切があり、それが、自分の生活感情に或点での究明追求の放棄となって作用していたと思います。ルーズさを十分認めるとして、私にはそういうように思われている。近似性や類は友を呼ぶ風なものであったとはどうしても思われない。迂《う》かつであったということには私の敬して近づけられていない或点からもある。(よいことではないが)
月曜日にお会いして話が出たとき、私はいろいろを尤もと思い、念を押して、仰云ることはすぐやることにしているが、この次までには結果はもって来られないからと云ったとき貴方はゆとりをもって、「ああそれはそうだよ、考え甲斐のあることだからよく考えてやるといい」と云って下すった。
二日の後に、そのつづきの気持で行って、あなたの方の気持のテンポと呼吸が揃わなかった上、何か私をもひきくるめて感じていやな心持らしいようでもあり、私としては云いつくせないことがどっさりのこった感じだった次第です。
あちらの家へ行くことは月に二度ぐらいです、大体。狭い言葉のつかいかたでごくそばの日常的接触としての環境というような風に云われて、ぴったりしないということもおわかりでしょう?
私はあなたに、私と家族との間にある心持の実際のありようと、私が客観的にルーズとなった内部の事情とをわかって頂きたいと思います。隆ちゃんやお母さんの御生活に、暖い近さを感じている反面には、そういう質的な不一致が一方に感じられているからでもあるのです。
私が只いろいろ考えているからというだけで或一貫性を生じ得るのではないと思う。頭だけの問題では決してない。最も複雑微妙な生活的蓄積の上での決定的な選択と評価とが心と体とを貫き流れているからこそ、好きという一言に、全生活の歴史の方向がかかっているのだと信じます。性格としては同じだが考えがあるからなどというような根の浅いものではない。考えなら或は変るかもしれないではないでしょうか。それは体質的近似があるように心理的な多くの共通性をも与えているだろうから、一般的に似たところがないとは云えません。それを警戒しなければならないということもわかる。けれども、似ているからぐずぐずになっているのでは絶対にありません。
今度その解決にとりかかっている問題は、私という人間の鍛煉のためにも多く役立つことですから
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