トいれば、細かく反覆しないでもよいと思って、これだけにします。私が日々行くことは、初めはよく分らなかったねうちをもたらしますから、私は一つの丸い吸収玉《アブゾービングボール》(そんなのあるかないかしらないが)となって行きます。深いお礼の心とよろこびとをも[#「も」に傍点]って。
八月十四日 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕
第四十三信 二百十日でも近づいたような風の吹きかただこと。栄さん宛に送っていらした手紙の本のリストもすっかり帳面にかきこんで、そちらでお買いになったものをぬいて、みると注文は凡そ
一九三五年(十年度)一八〇冊内一七〇読了。
一九三六年(十一年度)七〇冊のうち五〇冊返送。別に医療に関するもの十冊位送る。
一九三七年(十二年度)主として医療のもの一〇冊位。
一九三八年(十三年度)この年から購求が主となったので、御注文は大体古本でさがす分となりこれは凡そ一〇冊位です。
三六・七年とも雑誌はずっと見ていらしたから、それを一年に三〇―四〇冊として数えると次のようです。
一九三五―一九三七年末迄凡そ三〇〇位読了。
一九三五―一九三七年末迄注文凡そ三三〇冊位。
このほか、そちらで折々購求してお読みになった単行本を入れると、凡そ三五〇―四〇〇冊となるのではないでしょうか。一九三五年は一ヵ月凡そ十四五冊以上読まれて居ります。この密度は永年つづくものではなく、つづいたらば必ず烈しい神経衰弱になったでしょう。私の経験で、読めて読めてしかたがない、又読みたくて読みたくてしかたがなく、御飯の間も手ばなしたくないようで、ハハーンと我から肯《うなず》き、読書のスピードをおとすことと、一ヵ月に冊数をへらすことに努力した覚えがあります。そういう風に抑制して一日を、日本経済史・漱石全集、一寸したものと三つに区切って、三日四日目に大体入れ替えをするような調子でした。
どうかことしもあまり読書はつめてなさらないで下さい。読みすぎは実にわるいから。呉々おねがいいたします。今年から来年にかけてもう一息丈夫になって下さらねばなりません。読むことを制御できたその力で恢復していらしたのだから。本当に大切です。この分は本のしらべだけ。参考におなりになるかと思って咲枝宛のと栄さん宛のとの中からの抜き書を同封いたします。
日本人に近眼と乱視の多い理由を、日頃から文字
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