ソ的に吸いとっているようです。それに、たまだったときには、その次の時までの私の生活の全内容というものを最も中心的なものに総括して、その印象を貴方につたえるしか方法がなかったから、私が自身の弛緩《しかん》を警戒する敏感さ、あなたの知ることの出来ない部分にゴミをつけまいとする心くばりは、随分神経質でした。同じことであっても、きのうからきょう、きょうから明日へと流れつづくと、その流れは自然で、その心くばりにおいても一緒の感じでくつろげる。
 これらのいろいろの感じは皆新しい。こういう感じが来ようと知らなかったし格別それを期待していなかった。知らなかったわけです。
 私たちが生活するようになってから、私は屡※[#二の字点、1−2−22]《しばしば》新しい歓びとおどろきにうたれてそれを百花繚乱という表現やそのほかの表現で二人の間にもって来たが、例えば今こうやって書いている私の心を流れているものは、何と云ったらよいでしょう。
 これは小川かしら。きれいな水のたっぷりある、草の葉をそよがせて流れる川の音のような工合ね。息がしやすいような空気がここにはある。静かにその音をきいていると、時の経つのを忘れ飽きることがない。ああ、だがこれは決してただ単調に流れているのではない。一寸、こっちへ手を出して。ね、あすこにあんな燦《かがや》きがあるでしょう。そして、あの色は何といり組んだ光りをもって次第に高まって来るでしょう。益※[#二の字点、1−2−22]美しさと勁さとを増して高まって来る音響の裡に私たちは包みこまれ、そして、こういう感覚の中で、あなたは去年の苦しかった夏、私にあてて肉体の衰弱が強くなると逆に日常的便宜性に関しない大きな平安の心持が強く起きて来るのは面白い経験だったと書いて下すったのでしょう。(本の整理のために去年の手紙をよみかえし十月から十一月へとユリの旧作をよみ返して下すった非常に深い心持の意味を更につよく感じ、この前の手紙にもそれを書きたかったのでした。けれども、一方であんなへまをして迚《とて》もその勇気がなかった。紙がなくなってしまった。小さい字で。小さい字を書いて感じる。ずっとそばでこの位の声でものを云いたいと、非常に非常に。

 八月十日午後 〔巣鴨拘置所の顕治宛 目白より(封書)〕

 八月十日  第四十二信
 お手紙ありがとう。今朝拝見しました。そして、読んで或
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