平年よりずっと冷える由。工合はいかがですか。冷えをお腹に引込まないようにくれぐれ願います。
きのうは夕方御飯のとき(この頃は大てい七時すぎ。日が長いので)お母さんが大助さんの生れた家[自注6]へ炭を届けさせるついでに、螢の工合をきかせ、どっさり出るという報告で、私を螢狩りにつれていって下さいました。八時に内藤のタクシーを呼んで、お母さん、多賀子、私、河村さんの細君と総領息子と金物やの娘がのり、助手台へうちの倫公が、すすはきに使いそうな笹っ葉をくくりつけた竹をもってのった。そして、うちのすぐそばのふみ切りからもう一つ大きいのを越して、その次の一寸したのを越して四ツ目のすこし手前、桜がずっと生えている手前の辺の橋のところへ降りました。その黒川さんという家が一軒ぽつんと樹かげにみえ、あの辺は大変陰気です。汽車が暗い山と山との間に火の粉を散らし、おそろしい音を立てて、いかにも「火車的」に通るのも恐ろしい。その次の踏切でつい二日ばかり前人がひかれたりしてなお更。
この辺の夜の景色など覚えていらっしゃるかしら。螢は二十日ばかりおくれているそうで、大してもいなかったが、私ははじめてあんな冴えた大きい螢の光りをみたし、数をみました。私が糸で縫った紙袋にそれでも四五匹とって、かえり路は家まで二十丁余歩いてかえりました。なかなか印象的な散歩でした。多賀ちゃんが、夜の黒い大木がこわいこわいというのが面白かった。たしかに圧迫的です。私は子供の頃、開成山の暗い夜、竹やぶのわきを通るのがこわくて、おぶさっている背中でしっかり目をつぶっていた。多賀ちゃんが田舎でありながら、狭い小さい町暮しの感覚をもって成長していることを面白く感じました。
読書はなかなか有益です。歴史の細部に亙っての特性が、実に感じられ、思索を深く長くひろい規模に刺戟される。私はこのおかげで大分ものが判りました。毎日四十頁前後きっとよんでいる。文学の問題としても種々面白いヒントがあります。下では自転車坊さんのおとき[#「おとき」に傍点]のために、ステッキになりそうな筍を煮ています。
私は明日あたり野原にゆき、珍らしく泊ってくるつもりです。そしてついでに虹ヶ浜や室積やを見て来ます。高いところにあるあなたの小学校も。何とかいう小学の先生(うるさい程ほめちょる、と多賀ちゃんがいう)は今室積で代書をしていられる由。もちろん訪問の
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